2016年2月11日木曜日

160211 朝日新聞「有権者が既成政治に怒り」 久保教授が見た米予備選

160211 朝日新聞「有権者が既成政治に怒り」 久保教授が見た米予備選
ニューハンプシャー州=金成隆一2016年2月11日0時11分

 米ニューハンプシャー州の予備選挙は、民主・共和の両党で、既成勢力を批判する「アウトサイダー」候補が勝利を収めた。長年にわたって米大統領選を見てきた久保文明・東大教授と現地を歩き、米国に何が起きているのかを探った。
 9日夜、ニューハンプシャー州最大の都市、マンチェスターのパーティー会場。入りきれない人々が氷点下の屋外にあふれる中、共和党のドナルド・トランプ氏が勝利演説のために姿を現すと、歓声が湧き起こった。この様子を見て、久保さんは語った。
 「排外主義的な発言などで物議を醸してきたトランプ氏ですが、世論調査通りの強さを証明し、有力候補としての地位を固めました。8年前、オバマ氏を当選させた包容力のある米国とは、全く違った顔が表に出てきた気がします」
 久保さんとともにニューハンプシャーに入ったのは、投票3日前の土曜日。夜は、政治マニアが集まるホテルのバーで、共和党候補の討論会を見た。
 隣に座った50歳ぐらいの男性が「サンダース支持だが、トランプに変えるかも」とつぶやくのを聞いて、久保さんはびっくりした。バーニー・サンダース上院議員は「民主社会主義者」を名乗る最左派で、実業家トランプ氏は排外主義的な保守主義者だからだ。両者の間で迷うのは考えにくいが、これは何なのか。
 翌日、トランプ氏の集会を実際に見に行く。1時間ほどドライブで、ホルダーネス町の大学に着いた。
 トランプ氏は拳をふりあげて聴衆を鼓舞していた。「海外に流れた仕事を米国に取り戻す」。トランプ氏はジョークを交えながら、メキシコからの移民や、日本や中国の「為替操作」を批判した。会場の若者から歓声があがる。
 ログイン前の続き「小話の連続や、根拠の乏しい話を50分も聞かされるのは、なかなかつらいですね」と久保さん。
 久保さんと一緒に、興奮冷めやらぬ女子大生に話を聞いた。「トランプ氏を支持する最大の理由は何?」
 「(メキシコとの国境沿いに)壁を造ると言ったからよ」。そう答えたのは、1年生のブリィ・ドゥボルさん(19)。「父は請負の建築作業員で、不法入国したメキシコ人がより安い値段で仕事を奪ってしまう。父の収入が下がり、私は学費を自分で払わないといけない。不法移民のせいで私は借金を背負ったのです」
 集会が終わり、西に車を走らせる。同州ダンベリーの山道に入ると、黄色い旗を掲げた民家を見つけた。2010年の中間選挙で穏健派議員を次々と落選させた草の根保守運動「ティーパーティー(茶会)」の人々が使っていた旗だ。
 外から声を掛けると、腰に拳銃を着けたまま、男性が出てきた。電気技師ロバート・バカッロさん(32)。都市の騒がしさを逃れるため、7年前に妻と移住。連邦政府が借金を増やしている現状が不満だ。将来、増税になるのではないかと懸念する。投票はトランプ氏にと決めていた。
 「彼は不動産帝国を築いたビジネスマン。その事実だけで巨額の借金を抱えたこの国の大統領に就く資格がある。職業政治家ではない大統領の方が変化を起こせる指導者になれる」
 投票日の前日、8日夕には、雪が降り積もる中、サンダース氏の演説会場(同州デリー)をのぞいた。
 70歳代の両親と娘(15)の3世代で演説を聞きに来ていたケリー・コナーズさん(48)は、サンダース氏の「週40時間働く人が貧困に陥るべきではない」との主張に共鳴した。
 「まじめに働いているのにお金が手元に残らない。この3年間、家族で旅行もできない。私はもうミドルクラスではない」
 「最近娘が将来は歯科医になりたいと言い始めた。多額の費用がかかるが、私には学費を払う余裕がない。娘はもう夢を追いかけられないのです」
 トランプ、サンダース両氏の支持者の主張はさまざまだが、現状への強い不満を抱え、抜本的な改革を求めているのが共通点だ。
 変革を起こせるのは、妥協を重ねる従来型の政治家ではなく、アウトサイダー。そんな期待を、政治経験ゼロのトランプ氏と孤高のサンダース氏が担う。
 久保さんは、2人の勝者に共通点を見た。「特定の誰かの資金に依存していない点です。ロビイストなどに影響されずに政策を実行できる、というメッセージを出せる」
 トランプ氏は、自分の資産で選挙費用をまかなっているのが売りだ。サンダース氏は、不特定多数の個人献金だけで選挙費用をまかなう。1人平均わずか27ドルだが、300万人以上から集め、大統領選候補者の記録を塗りかえた。
 「有権者は、政策が政治資金提供者によって買収されていると信じ、怒りを感じているのです。当たり前になっている既成政治の手法への批判です」
 とはいえ、トランプ氏の移民対策や雇用創出、サンダース氏の医療保険改革や公立大の授業料無償化などの公約は、議会の党派対立などで、実現は難しい。
 久保さんは、こう見ている。「選挙戦で集めた期待は容易に失望に変わりうる。両党には、もっと現実的に考えようという勢力がいて、党内の対立点になっている。両党とも内戦状態といえ、しばらく混乱が続くでしょう」(ニューハンプシャー州=金成隆一)
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 《くぼ・ふみあき》 1956年生まれ。2003年から東京大学法学部教授。専門はアメリカ政治。米ウッドロー・ウィルソンセンター研究員やパリ政治学院招請教授なども歴任。
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 《ニューハンプシャー州》 人口約132万人。主な産業は電子機械や織物、製紙など。山がちな地形で、観光業も盛ん。所得税などが他州に比べて低く、州外から移り住む人々もいる。英国から最初に独立した13州の一つ。州のモットーは「自由に生きる、しからずんば死を(Live Free or Die)」。

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