2016年1月11日月曜日

首相、参院選目標 改憲の争点化図る 同日選視野、世論見極め

毎日新聞 2016年1月11日 東京朝刊
http://mainichi.jp/senkyo/articles/20160111/ddm/003/010/063000c

 安倍晋三首相は10日放送のNHK番組で、一部野党の協力を得て、参院で憲法改正発議に必要な3分の2の議席を目指すと表明した。首相自身が先導して改憲を争点化しようとする姿勢が鮮明だ。世論を探りつつ、改憲を民意に問うことを「大義名分」とする衆参同日選を探る思惑もありそうだ。ただ、これまでの改憲論議では野党第1党の民主党を含めた幅広い合意を目指す方向も根強い。首相が枠組みを先導する路線には与党内にも戸惑いがある。【横田愛、佐藤慶】

 「参院選の年」の年初に、与野党に波紋を起こすのが必至の発言に安倍首相が踏み込んだのは、今後の憲法改正論議の主導権を取りたいという思惑がある。

 「改憲に前向きな、未来への責任感の強い人たち」。首相はおおさか維新の会をこう持ち上げた。同党代表の松井一郎大阪府知事は4日に「憲法改正案を作り、参院選で堂々と示して戦いたい」と表明している。首相発言にはおおさか維新への期待感が強くにじむが、同党の国政選挙での力量は未知数だ。協力で改憲が実現する確証はない。

 それでも首相が前のめりの発言をしたのは、改憲に現実味を与えたいという思いからだ。政界には与野党を問わず、改憲を選挙の争点から遠ざけたいという意識がある。自民党内でさえ複数の幹部が「安全保障関連法成立で、当面は憲法9条改正は不要になった」との認識を示す状況だ。

 首相周辺は「緊急事態条項もない今の憲法は根本的な問題を抱えている。これを変えないと『戦後』が終わらない」と指摘する。今回の発言は、改憲論議を埋没させまいという首相の決意の表れだ。

 一方で首相は、改憲のハードルの高さも承知している。派閥領袖(りょうしゅう)の一人は首相発言の狙いについて「条件が整えばやっていく、という声を出し始めたということだろう」と指摘し、首相が「観測気球」を上げたとの見方を示す。2012年末に発足した安倍政権の支持率下落は、特定秘密保護法や、安全保障関連法といった首相の持論に沿った政策に、想定以上の反発があったことで起きた。自民党関係者は「国民の改憲への『拒否感』がどの程度あるかを見ようとしている。5月に発言して反発が大きければ、夏の参院選に直結するが、今なら反応が悪くても静まる」と見る。

 発言の裏側には、同日選に向けた思惑も見え隠れする。参院の3分の2というハードルを越えるのは、選挙運動で衆参の相乗効果が働き、政権与党が有利とされる同日選ではじめて可能になるという見方がある。

 同日選を巡っては、9日に二階俊博総務会長が「同日選を(政権が)したいと思っているのは間違いない」と発言。10日には首相に近い稲田朋美政調会長も、東京都内で記者団に「首相が国民の信を問うべきだと判断されれば、衆院解散は否定できない」と語った。

 しかし、同日選には自公両党に慎重論がある。二階氏は9日、同日選に反対としたうえで「解散解散と言っても、大義名分もないのにあおりたてるのはどうか」とも指摘した。だが、首相が主導する改憲は同日選の十分な「大義」となり得る。今回の首相発言は、与野党双方をけん制する「解散カード」の効果を高めた意味もある。

 発言は野党分断の効果も期待できる。維新の党の松野頼久代表は10日のNHK番組で「結党以来、(憲法)改正はしていこうと考えている」と言及した。憲法を巡り野党の亀裂が深まれば、参院選の改選数1の「1人区」で進む、共産党も含めた野党統一候補擁立の動きにも冷や水を浴びせる可能性が出てくる。

与党内、道筋に異論

 与党内では、憲法改正には野党第1党の民主党を巻き込むことが不可欠との考えが強い。改憲に前向きな一部野党の協力で参院の3分の2以上の議席を目指す首相とは相いれない部分もある。改憲までの道筋を巡り、政府・与党内の路線の違いが浮き彫りになった。

 首相は10日のNHK番組で、憲法改正に前向きな政党としておおさか維新の会にあえて言及した。公明党の山口那津男代表は同じ番組で、憲法改正には「幅広い合意形成の努力が重要」と述べて、おおさか維新などの協力だけでは不十分だと指摘。わざわざおおさか維新の名を挙げた首相に正面から反論した。別の公明党幹部は「『与党だけではなく』と言えば良かったのに維新の名前を出したのは残念だ」と不快感をあらわにした。

 自民党内でも参院選で憲法改正を争点にすると民主党が硬化し、かえって改憲が遠のくという意見が大勢だった。その懸念通り、民主党の岡田克也代表は、首相の発言に対して早速、3分の2議席の「絶対阻止」を宣言し、安倍政権下では内容に関わらず改憲に反対する姿勢を示した。

 憲法改正の発議権限は国会にあるが、国民投票で過半数を得る必要がある。国論を二分した形で国民投票に踏み切れば、過半数を得られる保証がなくなる。谷垣禎一幹事長は4日の記者会見で「野党第1党とも合意を作るプロセスが必要」と強調し、おおさか維新との協力に前のめりな首相に警鐘を鳴らしていた。

 参院での議席数を巡っても、民主党抜きで162議席を確保するのは容易ではない。非改選議席は自民が65、公明が11で、162議席に達するには今回の参院選で86議席の確保が必要。自公の改選議席は59であることを考えれば「与党だけでは大変難しい」(安倍首相)。おおさか維新や日本のこころを大切にする党など改憲に前向きな野党を加えても達成は不透明だ。

 改憲項目を巡っては、おおさか維新が、地方自治体が国家の意思決定に関与できる仕組みを創設する趣旨で、地方自治の原則を定めた憲法92条や94条の改正案を検討している。参院選までにまとめるとしており、今後の論点となる可能性もある。また、おおさか維新は首相が検討する緊急事態条項の新設にも前向きだ。

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