2016年1月22日金曜日
特集ワイド 続報真相 報道番組は生き残れるか
特集ワイド
続報真相 報道番組は生き残れるか
毎日新聞 2016年1月22日 東京夕刊
http://mainichi.jp/articles/20160122/dde/012/010/003000c
聴取を受けるため自民党の情報通信戦略調査会に出席した(左端手前から)NHKとテレビ朝日の幹部=東京都千代田区の自民党本部で昨年4月、宮間俊樹撮影
テレビが今春、大きく変わろうとしている。テレビ朝日「報道ステーション」、NHK「クローズアップ現代」、TBS「NEWS23」のキャスター降板や番組のリニューアルが明らかになったのだ。政府批判を「偏っている」との言葉で封じ込める風潮が強まる中での、異例の事態。報道番組は生き残れるのか−−。【石塚孝志】
政治家が報道番組に介入する「口実」に使われている法律がある。まず、それをおさらいしておきたい。
条文は左の通りである。
昨年3月、「報道ステーション」で、元経済産業官僚の古賀茂明さんが「I am not ABE」と記したフリップを示しつつコメンテーター降板の経緯を暴露し、「菅(義偉)官房長官ら官邸の皆さんにはバッシングを受けた」と発言。自民党がテレビ朝日幹部から聴取する事態になったが、その際に菅氏らが言及したのが放送法だった。
また、NHK「クローズアップ現代」を巡り、番組中「出家詐欺のブローカー」と紹介された男性が「やらせだった」と訴えた問題でも、自民党はNHK幹部から聴取し、高市早苗総務相が放送法4条の「事実をまげない」との規定に抵触するとして、NHKを行政指導(厳重注意)した。
この件では、第三者機関の放送倫理・番組向上機構(BPO)が「(番組には)重大な放送倫理違反があった」と指摘する一方、政府や自民党の対応を「放送の自由と自律に対する圧力そのもの」と厳しく批判している。
そして年末年始、この二つの報道番組に大きな動きがあった。「報道ステーション」の古舘伊知郎さん、「クローズアップ現代」の国谷裕子さんという看板キャスターがそろって番組を去ることになったのだ。古舘さんは契約期間が満了しての“円満降板”であるとし、NHKも公式には国谷さんの降板を明らかにしていない。
しかし、である。放送法を振りかざす政府や与党の姿勢が、今回の「人事」に全く影響を与えなかったなどと考えられるだろうか。
鋭いコメントや解説で政府や自民党とも相対してきた(右から)古舘伊知郎さん、国谷裕子さん、岸井成格さん=コラージュ・清田万作
安倍晋三首相は昨年11月の衆院予算委員会で、放送法について「単なる倫理規定ではなく法規であり、法規に違反しているのだから、担当官庁が法にのっとって対応するのは当然だ」と、行政指導の正当性を強調した。
だが、放送法に詳しい専修大の山田健太教授(言論法)は「放送法の目的は民主主義の維持発展、放送免許を与える国の介入を防ぎ放送の自由を保障することです」と前置きして、こう憤る。「放送法4条が倫理規範だということは学界でほぼ一致している。安倍首相の言うように法規範だとする研究書は、総務省の元官僚が書いたものくらいです。1950年に法律ができてから65年もかけて研究者が積み上げてきた解釈を一夜にして変えるなら、研究の意味や学者の存在理由は失われてしまいます」
多くの専門家の意見を無視し、政府の一方的な解釈を押しつける−−。この構図は、ほとんどの憲法学者が違憲と判断した集団的自衛権の行使を認める憲法解釈の変更や、沖縄・辺野古の埋め立て問題で、沖縄防衛局が国民の権利救済制度を使って行政不服審査請求をしたことに多くの行政法研究者が「不適法」との声明を出したのと同じではないのか。
山田教授は言う。「主義主張の違いは認めますが、そこに法的安定性や研究の蓄積への尊重がなければ社会の規範が崩れ、独裁体制が生まれます。それをチェックするメディアが機能していません。偶然が重なったとはいえ、その象徴的な出来事が、各局の『看板』報道番組のキャスターやアンカーの交代ではないでしょうか」
もう一つの報道番組、TBSの「NEWS23」を巡っては、アンカーの岸井成格さんの「(安保関連法案の)廃案に向けて声をずっと上げ続けるべきだ」という発言に対して昨年11月、市民団体が読売新聞と産経新聞に「(放送法の)重大違反行為」との意見広告を出した。TBSは今月15日、番組を4月にリニューアルし、岸井さんを同局の報道・情報番組で解説や論評をする「スペシャルコメンテーター」に就任させると発表。「番組内で見解を示すことに問題はない。スペシャルコメンテーターへの就任も意見広告の前から話を進めていた」としている。
政権チェックの機能が消える…
「正直に言うと、テレビがジャーナリズムとしての大きな役割を自覚しているかというと、していませんよ。娯楽にどんどん傾いている」と懸念するのは、テレ朝の報道番組「ザ・スクープ」のキャスターを長年務めた鳥越俊太郎さんだ。
鳥越さんによると、報道番組が1980年代後半から盛んに作られるようになったのは時代の要請、天安門事件や東西ドイツの統一など世界史的大事件が相次いだことが大きいという。だが商業ベースで成り立つ民放は、経済が低迷する中でCMを出す企業の要望もあり、経費がかかる割に視聴率が上がらない報道番組を減らし娯楽番組を増やす傾向にあるというのだ。
昨年6月、自民党の勉強会で若手議員が安全保障関連法案を批判する報道に絡み「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなることが一番だ」などと発言し、問題化した。鳥越さんは「報道や言論の自由に対する挑戦で、明らかに間違った発言だが、テレビ局の一番痛いところを突いている」と指摘する。
そんな流れに逆らって、民放ジャーナリズムの意地を見せつけてきたのが「報道ステーション」や「NEWS23」のはずだ。
「本来、政権をチェックするはずのメディアに対して、支持率や選挙に影響するからと細かくチェックし、気に入らなければ呼びつける政権が現れ、メディア側が切り崩されている」と鳥越さん。なぜ押し返せないのか。「衆議院で3分の2を超す巨大与党の力です。特にテレビ局の中間管理職以上に、政権の嫌がることは避けたいという空気があることは心配です」
「クローズアップ現代」を支えた国谷さんの降板に疑問を投げかけるのは、元NHK職員で計5年間、「クローズアップ現代」のプロデューサーとして編集責任者を務めた永田浩三武蔵大教授(メディア社会学)だ。「『クローズアップ現代』は、目線が高くなりがちなNHKへの危機感から、従来の価値観や制作体制と違う調査報道を基本とした、奥の深い報道番組を作ろうとしてできたものです。3月末の降板が伝えられる国谷さんには、NHK内部の論理とは一線を画した健全な物差しがある。局の上層部は、国谷さんの存在の大きさを理解しているのか」
同番組については2014年7月、集団的自衛権行使容認の閣議決定後に、菅官房長官が生出演したが、写真週刊誌「フライデー」が「国谷キャスターは涙した……安倍官邸がNHKを“土下座”させた一部始終」と報じて話題になった。永田教授は「2人のやり取りが過剰に語られますが、国谷さんを反安倍政権の旗頭のように考えるのは間違い。菅氏がのらりくらりと答えないから、プロの聞き手として当たり前に追及しただけです」と解説する。
特定秘密保護法や安全保障関連法など、NHKの報道が政府寄りという批判は少なくない。「クロ現も含めNHKが政府を厳しく批判することはない。かつてはめったになかった、『批判は避けろ』という指示が露骨に下りてくると現場の職員らからも聞いています」(永田教授)。就任時、「政府が右と言うことを左と言うわけにはいかない」と発言した籾井勝人会長の下、「NHKの報道」はどこへ向かうのか。
政府批判自粛の有無などをNHKに尋ねると「前提となる事実が具体的に示されない質問には、お答えしようがありません」(広報局)と回答するだけだった。
山田教授は、参院選後の安倍政権の出方に注目する。
「これまでの自民党の動きから見ると、BPOをつぶす権限はないので、国営の放送委員会を作って罰金などの処分権を与え、厳しい事後審査をする仕組みを設ける可能性もある。米国の独立機関である連邦通信委員会は、日本の『政治的公平』に近い『フェアネス・ドクトリン(公平の原則)』規定を事実上、廃止しました。厳格に放送時間などの公平性を求めるより、報道の自由を認めた方が国民の利益になるとの考えで、日本も倣うべきです」
気付いたら、政権をチェックする報道番組がなくなっていたという事態もあり得る。日本をそんな社会にしてはいけない。
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