2017年1月15日日曜日

スティグリッツ教授は、本当は安倍首相にどんな提言をしたのか?

スティグリッツ教授は、本当は安倍首相にどんな提言をしたのか?

http://www.newsweekjapan.jp/kaya/2016/03/post-12_1.php


 安倍首相は経済学の世界的権威であるジョセフ・スティグリッツ教授やポール・クルーグマン教授らと相次いで会談を行った。両氏ともに消費増税について消極的な見解を示したことで、市場は増税延期を織り込み始めている。


 今回の会談は、増税延期への布石との見方がもっぱらであり、国内の関心も消費税問題に集中していた。両氏ともにこうした状況をよく理解した上での来日であり、その期待にうまく応えたといってよいだろう。


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 だが、実際に安倍首相に提言した内容は、世間一般の認識とはかなりのギャップがあるようだ。特にスティグリッツ氏は、格差問題によって経済の潜在成長力が鈍化しているのではないかとの懸念を示している。氏が相当なリベラル派の学者だという点を割り引いたとしても、その主張には耳を傾ける価値があるだろう。


非公開の会談内容を資料から推測すると


 今回の会談内容は基本的に非公開となっているが、スティグリッツ氏が事前に提示した資料からおおよその内容は推測することができる。


 スティグリッツ氏は、世界経済は長期的な停滞フェーズに入っていると認識している。世界経済が従来と同様の成長を実現できていないという、いわゆる「長期停滞論」は、2013年のIMF(国際通貨基金)総会でサマーズ元財務長官が言及し、その後、バーナンキFRB(連邦準備制度理事会)議長がこれに反論したことで世界的に知られるようになった。スティグリッツ氏も同じ考えを持っているようで、提言も長期停滞論を前提としたものになっている。


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 確かに米国の経済成長トレンドは、リーマンショックをきっかけに大きく変化した可能性がある。図は米国と日本の実質GDPを対数表記したものだが、米国のGDPはリーマンショック以後、成長トレンドに復帰したものの、グラフの傾きが以前より緩やかになっている。この傾向が続くようであれば、80年代から続く米国の成長力は維持できないことになる。


経済停滞の原因は根本的な需要不足


 サマーズ氏は、先進国は過剰な設備や貯蓄を抱えており、これを十分に生かすための投資機会が存在しないと主張している。また、この変化は以前から始まっていたものであり、リーマンショックはこれを顕在化しただけに過ぎないという。サマーズ氏は、こうした状況に対する処方箋として、公共インフラ投資や規制緩和など総合的な政策パッケージが必要と主張している。


 スティグリッツ氏の場合はもう少し深刻である。所得格差が拡大したために、構造的に消費が増えない状態になったことが長期停滞の根本原因だとしている。つまり完全な需要不足である。


 富の偏在化が行き過ぎると、所得が高い人はそれ以上の消費をしなくなり、所得が減少した人は、生活が苦しくなって、モノが欲しくても消費することができない。その結果、全体としてますます消費が減るという悪循環に陥ってしまう。


 これに加えてスティグリッツ氏は興味深い指摘をしている。新しい経済構造においては、以前ほど資本集約的ではなくなり、社会全体で必要な投資額は減少する可能性があるという。これはAirbnbやUBERなどに代表されるシェアリング・エコノミーのことを指していると考えられる。


 ネットのインフラを使って既存のリソースを最適にシェアすることができれば、ビジネスに必要となる投資総額は減少する。何もしなければその分だけ需要がなくなり、GDP(国内総生産)が減少する可能性がある。これが本当なら、余ったリソースを新しいサービスの創造に転換するための仕組みが必要となるかもしれない。

 こうした事態にうまく対応するためには、産業構造を時代に合わせて変化させ、適切な水準の財政支出を維持する必要があるというのがスティグリッツ氏の主張である。消費増税に消極的な理由も、消費税は総需要を喚起するものではないからというのがその理由だ。


長期停滞論が本当なら日本はどうなる?


 一方、長期停滞論の原因として、需要不足よりも供給能力の低下だとする見方もある。十分なニーズがあるにもかかわらず、企業側がそれに合致する製品やサービスを開発しきれていないという考え方である。日本の電機メーカーが弱体化したのは、価値観が多様化する消費者の動向をうまくつかめなかったことが原因だという主張はよく耳にする。もしこれが本当なら、工夫次第でまだまだ消費は伸びるということになる。


 アベノミクスも基本的にはこうした考え方に立脚しており、当初、成長戦略は、持続的な成長を実現するための改革プログラムとして位置付けられた。安倍政権における政策アドバイザーの一人でもある、伊藤隆敏コロンビア大学教授は、長期停滞論を前提とした上で、労働市場における流動性を高めたり、規制緩和を実施するといった、いわゆる構造改革が必要と主張している。これらはすべて供給サイドの強化を狙った政策ということになる。


 いずれにせよ、世界経済が長期的な停滞フェーズに入っているとの指摘は、一定の範囲でコンセンサスが得られているように見える。これを前提にした場合、現在の日本経済はどう考えればよいのだろうか。


 先ほどのグラフを見ると、日本の実質GDPは1990年を境にすでに長期停滞フェーズに入っているように見える。失われた20年が存在しているのかについては、様々な議論があるが、少なくともGDPの成長トレンドを見る限り、日本経済はその姿を確実に変えたといってよい。


 もし、米国や欧州の経済が今後長期的な停滞フェーズに入るのだとすると、当然、日本もその影響を受けることになる。日本企業の多くは北米市場に依存しており、米国経済の停滞は日本企業の業績を直撃するだろう。そうなってくると、すでに停滞トレンドに入っている日本の成長率は、鈍化傾向をさらに強める可能性すら出てくることになる。


 実際、グラフを見ると、リーマンショック以降、傾きがさらに緩やかになっているようにも見える。もしスティグリッツ氏らの指摘が本当なら、消費増税の是非はもはや大した問題ではない。需要不足であれ、供給能力の低下であれ、もっと抜本的な対策を打たなければ、現状を維持することすら難しくなるかもしれない。経済学の世界的権威を招いたせっかくの会合だったが、こうした本質的な議論が聞こえてこないのは少々気にかかる。

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