経済プレミアインタビュー
ヤマト運輸はなぜ「アマゾン」になれないのか
毎日新聞 編集部 2016年8月16日
http://mainichi.jp/premier/business/articles/20160815/biz/00m/010/001000c
ネット通販企業と宅配企業の争いを描いた小説「ドッグファイト」(KADOKAWA)で、現代版「御用聞き」のビジネスモデルを提示した作家の楡(にれ)周平さんは、ネット通販企業が市場を制覇した後の「怖さ」に警鐘を鳴らしている。インタビュー3回目は、日本企業がどう“巨人”に対抗すればいいのか、その可能性と問題点について語ってもらった。【田中学】
作家・楡周平さんインタビュー(3)
−−米アマゾンに市場を席巻される前に日本企業の巻き返しを期待しているのですね。
◆楡さん その大きな可能性を秘めているのが、運送会社や宅配企業です。私の経済小説には物流をテーマにしたものが多いのですが、とにかく物流業界、特に運送業の潜在能力はものすごい。
ネット通販で受注から出荷までの業務をどれだけ迅速化しても、商品を届けるのが宅配企業である限り、配送の時間短縮には限度があります。しかし、ネット通販企業が全国を網羅する宅配ネットワークを自社で構築するのは不可能でしょう。物流のラストワンマイルを握る宅配企業こそが、ネット通販ビジネスの生命線なのです。
宅配企業の中には物流施設の管理、運営を請け負うところも少なからずあり、その運営ノウハウもすでに持っている。そうした企業であれば、ネット通販ビジネスを自社で行えます。それも既存のネット通販企業では到底なしえない、自己完結型のオペレーションを確立できる可能性が十分にあると思うのです。
官僚的な日本企業の問題点
−−ただ、宅配企業がネット通販に乗り出すという話は聞きません。
◆一言で言えば、出遅れたからでしょう。先見の明がなかったとも言える。
コダックに勤めていたころ、ある大手総合物流会社と仕事をしたことがありますが、組織が大きくなるとやはり官僚的になるんですね。プロジェクトの打ち合わせには、本社から地域の営業所に至るまで担当者が出てくる。しかも、それぞれの立場で「できるできない」とやりはじめて、誰が責任者なのかさっぱりわかりませんでした。新しい仕組み作りの話では問題点を先に挙げて、「どうしたらそれが可能になるか」知恵を絞ろうとしないんです。
創造性に乏しいというか、自分たちは請負業で物を運ぶのが仕事であり、それをどう進化させていくかばかり。新しいビジネスチャンスを生み出そうという発想を抱く人は全くいませんでした。これでは、新しいビジネスに乗り出そうにも社内合意を取りつけるのはまず無理なのではないでしょうか。
もっとも、世界に類を見ない高レベルの宅配サービスを確立し、進化させてきたのが日本の宅配です。宅配便はヤマト運輸の創業家出身の小倉昌男さんが始めたビジネスですが、いま小倉さんのような情熱と強烈なリーダーシップ、ビジョンを持った経営者がいたら、宅配企業も様変わりするでしょう。
でき上がった仕組みを維持、進化させていくのは比較的簡単ですが、何もないところから新しいことを考えるのはものすごく難しいことです。「ドッグファイト」にも書きましたが、大事なのは夢物語。何をやりたいのかを明確にし、ゴールと達成までの期日を一緒に仕事をする仲間たちと共有することです。そして、どうしたら実現できるかに知恵を絞って問題を一つ一つ解決していけば、夢に限りなく近いものができ上がるはずです。
既存のもので「できること」を追求するのも大切
──宅配企業はそのポテンシャルを生かし切れていないと。
◆それについては宅配企業より、他の産業を例に挙げた方がいいかもしれませんね。例えばテレビ。新製品が出るたびに、「解像度がよくなった」「これだけ薄くなった」といいますが、どれほどの訴求力があるのでしょう。パソコンにしてもソフトがたくさんついていて、「あれもできるこれもできる」といいますが、使わない機能の方が圧倒的に多いではありませんか。
フィルムの世界も同じでした。実は、一般消費者が使うフィルムや印画紙は、ほぼ毎年の頻度で新製品が出ていました。「粒状性が良くなった」「赤の抜けが良くなった」といわれるのですが、社内の人間でさえ、「いわれてみればそうかな」という程度で、一般消費者にはまずわからない。
しかし、研究者には大変な進歩なんです。技術の進化は小さな進歩の積み重ねですから頭から否定するものではありません。ただ、人間の目では判別できない画素数がデジタルで再現できたと喜ぶ姿を目の当たりにして、複雑な心情になりました。研究者やプロがまだまだやれることと、市場の要求レベルは違います。
日本の宅配業では、近い将来東名阪の間で当日配送が始まるそうです。便利には違いありませんが、翌日に指定通りの時間に届くいまのサービスレベルを上げる必要があるのでしょうか。もちろん、商機が広がる業態も多々あるでしょう。朝一番に水揚げされた新鮮な魚が市場から直接届くとなれば、販路は格段に広がるかもしれませんね。
しかし、当日配送を確約する以上、道路が渋滞しようが悪天候に見舞われようが届ける義務が生じます。何らかの事情で配達時間が遅れて深夜に届いては、夕食も終わっていて意味がありません。当日配送のために巨額な設備投資を行い、人手を要することになって宅配料金が上がれば、利用者にとっては大迷惑です。
いずれにしても、日本の人口はどんどん減少していきます。人口の減少は市場の縮小を意味します。「できること」を追求するのも大切ですが、世界最高レベルの宅配企業のノウハウで、新しいビジネス分野の開発に乗り出せば、とてつもない市場が開けるんじゃないかと確信しているからこそ、「ドッグファイト」を書いたのです。
略歴
楡周平(にれ・しゅうへい)/作家
1957年岩手県生まれ。慶応義塾大学大学院修了。米写真用品大手イーストマン・コダック日本法人に入社。同社在職中に「Cの福音」で作家デビュー。経済小説をはじめ、幅広いジャンルの小説を執筆している。著書に「スリーパー」「フェイク」「ドッグファイト」など。地方創生をテーマにした「プラチナタウン」(2008年)も注目を集めた。
0 件のコメント:
コメントを投稿