- 【社説】トランプ米政権船出 建国の精神を忘れるな
東京新聞 2017.01.23
建国の精神を置き去りにし、世界のリーダーの座も降りる-。トランプ大統領の就任演説の含意だ。米国にも国際社会にとっても大転換の時が訪れた。
演説は大統領選で訴えたことを基本的に踏襲した内容だ。言葉に発したことよりも、むしろ語られなかったことの方が意味が重い。
トランプ氏は「文明国をまとめ上げ、イスラム過激派のテロを根絶する」と語った。戦後の国際社会を主導してきた米国の指導者らしさが出たのはこれだけだ。
◆「米国の平和」の幕引き
逆に、「われわれの富や強さ、自信が地平線のかなたに消えていく間に、他国を豊かにしてきた」と述べたように、世界のために米国が犠牲になってきたと繰り返し主張した。
そのうえで、貿易、外交など一切を「米国第一」に進めていくと表明した。これは「パックス・アメリカーナ(米国の平和)」の幕引き宣言に等しい。
米国が偉大なのは、群を抜いた経済力、軍事力だけが理由ではない。他者をひきつけるソフトパワーも持っているからだ。
世界中の同盟国・友好国と価値を共有する民主主義、人権、法の支配という国家原理のほかに、移民を拒まぬ開放性や自分とは違う他者を認める寛容さ、率直さ…。
米国は一七七六年の建国以来、そうした価値を育んできた。源流は自由と平等をうたった独立宣言だ。建国の精神・理念が巨大な移民国家を束ねてきた。
米国の国際教育研究所によると、二〇一五~一六学年度に米国の大学・大学院に留学した外国人は百万人の大台に乗った。米国は世界最大の留学生受け入れ国だ。
海外からの移民も毎年、百万人以上を受け入れている。留学生と移民だけで岐阜県の人口を超える人々が米国に渡ってくる計算だ。
米国を目指す理由は人それぞれだが、米国に高い訴求力があるのは確かだ。
◆ソフトパワーはどこへ
歴代の大統領は就任演説で、この建国の精神に触れながら自分が求める理想をうたい上げた。
ところが、トランプ演説には言及がまったくなかった。これまでも米国の価値を軽んじる言動を繰り返してきたトランプ氏だが、異例のことだ。
建国の精神が衰えた米国は、求心力を低下させる。トランプ氏は「われわれの流儀を誰にも押しつけたりはしない。むしろ模範として見習うように、われわれを光り輝かせよう」と語ったが、米国は逆に輝きを失うだろう。
それだけではない、理念が力を失えば、国の結束は弱まり、国民も国も自己の利益だけを追うようになるだろう。
実際、トランプ氏は目先の利益を追い求める「取引外交」を展開しようとしている。損得勘定に理念は不要なのだろう。
だが、大国には自律が求められる。利己的な行動は摩擦をいたずらに起こし、国際秩序は揺らぐ。
米国第一主義は米国のありようを変容させるばかりでなく、世界に紛争の種をまく危うさをはらんでいる。
トランプ路線は「米国を再び偉大にする」という自身の目的にも外れる。再考を勧める。
トランプ氏は大統領選で、移民排斥や障害者、女性を蔑視する発言をした。選挙後の米社会は、黒人、ヒスパニック(中南米)系などへの憎悪犯罪(ヘイトクライム)、人種対立が目立っている。
就任演説で、米国の繁栄と成功で生まれる「新しい国家威信」によって「分断は癒やされる」と語ったが、そんな簡単なものではあるまい。
社会の底辺に眠っていた差別意識と偏見を解き放ったトランプ氏には、それを鎮める責任がある。まずは大統領という立場をわきまえ、言動を慎むことだ。
女優メリル・ストリープさんの批判にむきになって反論し、先の記者会見では一部メディアを罵倒した姿を見ると、衝動的で自己制御ができない性格なのかと疑われてもしかたがない。
そんな人物が核のボタンを預かって大丈夫なのか、と懸念する人は多いだろう。
◆お手本のない時代に?
明治維新で近代化の道を歩みだした日本は、「脱亜入欧」をスローガンに国を挙げて欧米文明の導入に邁進(まいしん)した。
戦後は米国主体の連合国軍総司令部(GHQ)の下で民主化が図られ、一九五〇年代に黄金期を迎えた米国の豊かな生活に多くの日本国民があこがれた。
米国を手本にして、その背中を追いかけてきた日本。トランプ路線が定着すれば、そんな時代は終わりを迎える。
モデル不在のまま将来の日本の自画像を描く、という作業が私たちを待っているのかもしれない。
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