【社説】週のはじめに考える これからも声を上げて
東京新聞2017年1月23日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017012302000126.html
トランプ大統領の米国が動きだしました。不安ですが、動じることなく暮らしと平和を守り育てなければいけません。声を上げ続けることで。
今までの常識が通用しなくなる。まるで印画紙のように白と黒が、正と邪がぐるぐると逆転する。そんな戸惑いなのかもしれません。
大統領就任式の少し前の今月上旬、カリフォルニア州ビバリーヒルズの映画賞授賞式で、女優のメリル・ストリープさんがトランプ次期大統領を批判しました。
「軽蔑は軽蔑を、暴力は暴力を招きます。権力者がその地位を使って人をいじめるなら、(それを許すなら)私たち全員の負けです」
◆口先の正論はいらない
差別的な発言を繰り返す権力者から人権や自由、民主主義を守ろうとする堂々とした批判です。拍手喝采したい…ところですが、今回は少し違いました。トランプ氏を批判してきた人から、こんな声が上がったのです。
「メリル・ストリープの演説こそトランプを勝たせた理由だ」
「ハリウッドの大女優」が象徴する富と名声…。米国社会で最も恵まれた場所にいるエリートたちは、建前を繰りかえすだけで、現実の矛盾、目の前の貧困、広がる一方の貧富の格差を放置してきた。口先の批判はポーズで、実は既得権を、居心地のいい現状を守ろうとしている。
「変えてくれるのはエリートたちの正論ではない。トランプだ」-格差に対する大衆の怒りとエリートへの不信感が生み出した米国の分断の姿です。
私たちの国は大丈夫でしょうか。
経済の低迷が二十年以上続き、米国を後追いするように格差が広がりました。
◆心配な平和のゆくえ
四年余り前に政権に復帰した安倍晋三首相は、大企業の成長を優先して景気を回復させ、富が働く人たちにも滴り落ちるのを待つ政策を進めました。強いものをより強くすることで恩恵を下に広げようという上からの政策です。
ところがうまくいかない。
そして変化の兆しが見え始めました。自らの失政は認めないで済むように、慎重に少しずつですが、国民目線の下からの政策に舵(かじ)を切り始めたのです。格差是正を前面に出し、二十日の施政方針演説では「働き方改革」を柱に据えました。
暮らしの現場は深刻です。シングルマザーの苦境、子どもや財産のないお年寄りの貧困、進学を諦めざるを得ない学生、結婚できない非正規の若者たち。そして広告最大手の電通で高橋まつりさんの悲劇が起きました。
高名な政治家一家の三世で、恵まれた暮らししか知らないエリートの首相を、少しでもこうした現実に向き合わせたい。そうさせる力は何でしょうか。
国民から上がる声、権力者への批判、それを伝え広げる多様なメディア、その土台になっている言論の自由です。
それがなければどんなに悲しい現実も多くの人の知るところとなりません。取り巻きが都合のいい情報しか耳に入れない権力者、首相や電通の社長は現場の実情を知るよしもないでしょう。
ネットで広がった「保育園落ちた日本死ね」は待機児童問題を動かす原動力になりました。
まつりさんの悲劇を訴える母、幸美さんの言葉と涙は、新聞やテレビを通して国民の心を揺さぶり、この国の労使がどっぷりと漬かってきた働き方や慣習を変えようとしています。
暮らしの基にある平和の行方も心配です。戦後日本の平和主義、不戦の誓いに対する安倍首相や自民党の姿勢です。憲法改正が悲願の首相は、違憲の疑いが強い安保関連法制を強行採決し、しばしば報道に圧力をかけて批判を浴びてきました。
その一方で、戦後七十年談話や真珠湾献花では平和を求める世論に配慮する姿勢もみせます。
トランプ大統領の下、米国が世界のリーダーの座を降りれば、国際秩序は揺らぎ緊張が高まるでしょう。そのときの首相の対応が心配です。
◆権力者に厳しい批判を
十八日の最後の会見。記者たちを前にオバマ大統領はこんなふうに語り始めました。
「強大な権力を持つ者たちに懐疑的で厳しい質問をぶつけ、お世辞を言うのではなく、批判的な目を向けるのがあなた方の役目だ」「私たちの民主主義は、あなたたちメディアを必要としている」
そして自身、一市民として「今後も声を上げる」と。
私たちもいっしょに、もっともっと声を上げなければ。明日の暮らしと平和のために。
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