「米国経済がトラブルに陥るリスクは高い」
2016年11月21日9
肥田 美佐子 :フリージャーナリスト
http://toyokeizai.net/articles/-/145890?display=b
ジョゼフ・スティグリッツ(Joseph E. Stiglitz)/1943年生まれ。クリントン政権の大統領経済諮問委員会委員長、世界銀行上級副総裁などを歴任。2001年、「情報の経済学」に関する研究でノーベル経済学賞を受賞。行動する経済学者としても知られ、世界各地を巡りながら経済の現状を冷静に分析する。近著に『ユーロから始まる世界経済の大崩壊』(徳間書店)。(筆者撮影)
世界に驚きを与えた米国大統領選挙。当選後のトランプ氏が過激な発言を控えていることもあり、市場は平穏を取り戻したかのように見える。しかしそれはどこまで続くのか。トランプ就任が世界経済に与える影響をどうとらえればいいのか。「週刊東洋経済」では、2001年にノーベル経済学賞を受賞し、米国を代表する経済学者であるジョセフ・E・スティグリッツ氏に緊急インタビューした。
スティグリッツ氏は「トランプは非常に危険な人物。米国経済がトラブルに陥るリスクはかなり高い」と警告する。
(一部敬称略)
アドバイザーに経済学者はせいぜい1人
――ドナルド・トランプ次期大統領が掲げる政策をどうとらえていますか。
同氏の主張には根本的な問題がある。歳出を増やす一方で、全所得層への減税を実施し、米国政府の予算を均衡化すると言うが、三つを同時に行うことはできない。
守れない公約をするという意味で、彼はポピュリスト(大衆迎合主義者)のレッテルを張られてきた。公約の多くを破ることになるだろう。
──全所得層への大幅減税についてはどう思いますか。
富裕層が最も恩恵を受け、富める者がさらに富み、格差が拡大するだろう。
連邦最低賃金を(10ドル以上に)上げるとも主張しているが、これも実現不可能なことを公約している。引き上げてくれればいいとは思うが、共和党は反対の立場を取っている。トランプは、共和党が異を唱える多くのことを公約している。
そもそも共和党は、昔から行いが一貫しておらず、誠実でない。たとえば、民主党が政権を取ると財政責任を求めるが、自分たちが与党に回ると支出もいとわない。レーガン大統領は、歴代大統領の中で最大の連邦債務を作り、ブッシュ前大統領も莫大な債務を積み上げた。トランプ政権も、そうなるだろう。
私が知るかぎり、彼のアドバイザーはヘッジファンドやウォール街の関係者ばかりで、経済学者はせいぜい1人。彼の周辺には経済システムを理解する人がいないのだ。株式取引や投機売買なら知っているかもしれないがね。
彼は環太平洋経済連携協定(TPP)の批准も拒みそうだが、これは米経済に何の影響も与えない。
北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉も公約しているが無理な話だ。メキシコとの国境に壁を造ると言っているのに、メキシコが再交渉に応じるわけがない。トランプは、メキシコと同国民を大いに侮辱してきたのだから。
メキシコのペニャニエト大統領が8月末にトランプと面会した後、ペニャニエト大統領の支持率が急落した。メキシコ政府にとって、再交渉に応じることは自殺行為だ。
トランプは中国と貿易戦争を起こすかもしれない。実に愚かなことだ。そんなことにでもなれば、米経済、世界経済に甚大な被害が及ぶ。
──教授はグローバル化の弊害も指摘されています。自由貿易協定で、米製造業の雇用が減少したそうですね。
米国人の下位90%は、収入が伸び悩んでいる。その点から見ると、米経済は悲惨な状況にある。トランプは、有権者の経済に対する不満を利用した。もっとも、その問題を解決するには最悪の人物だ。彼は格差を拡大する。富裕層に必要なのは減税でなく、累進課税の強化だ。
貿易協定が経済に打撃を与えた理由の一つは、政府が失業者の転職を支援してこなかったことにある。共和党がノーと言い続けてきた。皮肉にも国民を苦境にさらしてきたのは共和党なのだ。今回共和党が勝利したことを、多くの人々が奇妙に感じている。
金融規制の撤廃はナンセンス
──金融規制改革法(ドッド・フランク法)の撤廃も公約しています。
撤廃は望ましいことではないし、実現もできないだろう。上院でのフィリバスター(議事妨害)を打ち切るためには議員の5分の3に当たる60票が必要だが、共和党議員は51人しかいない。廃案に持ち込むのは事実上難しい。
特定の内容の見直しならともかく、全廃などできるはずもない。金融危機を招いた無謀な貸し付け・金融取引を再開するとでもいうのか。信じがたい主張だ。
──年内の利上げは?
イエレンFRB(米国連邦準備制度理事会)議長は制約がある中で非常によくやっている。金融政策だけで完全雇用は実現できない。財政出動が必要なのは明らかだが、共和党が反対してきた。与党になれば、一転して景気刺激策を取るかもしれないが。
先進国の大半がそうだが、米国の金融政策も非常に微妙な状況にある。現在の低金利下では景気浮揚は限定的。財政政策が必要だ。低金利は格差を広げたり、金融市場を歪めたりする懸念もある。
米経済がトランプ大統領の誕生に適応できれば、今年中の利上げもありうる。
とはいえ、トランプの下で米経済がトラブルに陥るリスクはかなり高い。彼は非常に危険な人物だと思う。政策に一貫性がない。慎重を期するなら、彼が間違いを犯したときに景気を浮揚できるよう、今のうちに利上げするほうがいい、となるだろう。
人口減で悲観するな
──日本はいまだにデフレから脱却できません。
日本の過密さを考えると、人口減少は、たぶんいいことだ。低成長は気にならない。成長率(国内総生産=GDP)に目が行きすぎている。
デフレは、低成長、つまり総需要の不足によって生み出される症状だから、総需要が増えればプラスになる。
政府債務もさほど懸念していない。債務の多くは、日本銀行が(国債買い入れの形で)保有しているからだ。
気掛かりがあるとすれば、時間当たりの生産性が高くないことだ。生産性向上には、大学や研究機関への投資を増やし、より付加価値の高い産業を育成する必要がある。
私が重視するのは、生活水準や失業率、格差、貧困、時間当たりの生産性だ。日本の失業率は高くないが、格差は大幅に拡大している。デフレのような「症状」と違い、こうした点を注視している。
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