2016年12月20日火曜日

161220毎日新聞 堤未果さん 政治を民の元に取り戻せ 地方からのボトムアップしかない

政治を民の元に取り戻せ 地方からのボトムアップしかない

http://mainichi.jp/articles/20161216/dde/012/030/002000c

毎日新聞特集ワイド
東京夕刊12月16日大阪夕刊12月20日




 <トランプ現象はこの国の「病理」ではなく、ゆがめられた国家を元に戻そうとする人々の強い意志を反映する、微(かす)かな「希望」に他ならない>

 国際ジャーナリスト、堤未果さんは、7月に出版した新著「政府はもう嘘をつけない」にそう記した。執筆したのは、民主党の予備選で、ヒラリー・クリントン氏がバーニー・サンダース氏を破った頃だ。この時点で、クリントン氏では共和党のドナルド・トランプ氏に勝てないと確信した。なぜなのか?

 選挙戦中、時間が許す限りさまざまな候補者の集会を見に行った。「オバマ氏の『チェンジ』が幻想に終わった米国で、国民は2大政党外で、全米上位1%の超富裕層から政治献金を受け取っていないアウトサイダー(よそ者)を強く求めていた。サンダース、トランプ両氏の集会は熱気にあふれ、クリントン氏をはじめとする主流候補の会合とは一線を画していましたね」。反金権政治、反グローバリズム、そして国内優先の三つを掲げるアウトサイダーである。

 そして米国民は11月8日、多くのマスコミが「勝利はあり得ない」と断定していたトランプ氏を大統領に選んだ。その「国民の力」は一体どこにあったのか。感じ取ったのは、多くの富裕層が暮らす大都市では決して分からない、地方に暮らす普通の人々の力だった。

 「政府の統計とは裏腹に、実際は仕事を幾つも掛け持ちしないと暮らせない人ばかり。経済格差は固定化され、貧困が再生産されている」。人種や性別、出自に関係なく、誰にでもチャンスがある「アメリカンドリーム」は消えた。だからこそ「ラストベルト(さびついた工業地帯)」に象徴される地方有権者を中心に、自由で夢を抱けた頃の「善き米国」を取り戻そうと、トランプ氏に1票を投じた。大多数のマスコミが「大統領の資質がない」などと彼をたたき続けたにもかかわらず。

 「大都市しか見ず、実態を報道しないマスコミへの不信感が浮き彫りになりました。それは日本も同じ。一極集中が進み、マスコミは東京のニュースばかり優先し、地方に住む人々の苦しさは埋もれてしまう。『株価が上がり大企業の業績好調』と伝えられても、自分たちの生活は楽にならないという不満は、しがらみのないトランプ氏を押し上げた米国内の空気と重なるのではないでしょうか」

 トランプ氏は選挙中「不法移民を排除するためにメキシコとの国境に壁を作る」というような発言を繰り返してきた。それを「暴論」と片付けるのは簡単だ。では日本は、差別主義を加速させる同じ道のりをたどらない、と言い切れるだろうか。

 「トランプ氏がメキシコの国内産業を潰し不法移民を増やしたNAFTA(北米自由貿易協定)を批判したように、介護や保育の労働者の報酬を低くしたまま、外国人労働者で埋めようとする今の日本政府のやり方は疑問です。互いの価値を認め合って共存することと、安価な労働力として入れることは180度違う。賃金競争をさせられる日本人と外国人労働者との間に摩擦が生じれば、ヘイト行動に結び付く。移民排斥を叫ぶ政党が支持を得る米国や欧州のような事態が、日本でも起きる恐れは十分あります」

 米国と日本。両国の姿は、堤さんの目には「合わせ鏡」に映ってしまう。

 2001年の米同時多発テロを隣のビルで目撃したことをきっかけに、大国の真の姿を知ろうとジャーナリストを志した。貧困の最前線を歩き、ワーキングプアと呼ばれる経済弱者が戦地に送り込まれる「経済的徴兵制」という仕組みを世に紹介。新著では、米国の政治がカネで買われる商品と化している実態を追った。

 今回の大統領選では「国民の力」を目の当たりにした。では、議論を軽視する国会運営が目立つ日本でも、その力が政治を変えられると考えているのだろうか。

 本題に入る前、堤さんは「政治家は、誰の声に一番耳を傾けるでしょうか?」と切り出し、自ら答えを明かした。

 「何人もの議員がこう答えました。国会前で叫ぶ不特定多数の声より、自分の選挙区で1票を投じてくれる有権者の声が気になると」。地元の声こそ、為政者の耳に届き、影響を与える力があるのだと改めて説く。

地方にはシャッター街が広がる。堤さんは「日本には誇れる中小企業が地方にもたくさんある。それなのに今は、すっかり自信をなくしている」と語る
地方にはシャッター街が広がる。堤さんは「日本には誇れる中小企業が地方にもたくさんある。それなのに今は、すっかり自信をなくしている」と語る
 一呼吸置き、力を込めてこう語った。「国民主権という言葉が死にかけた今、取材で出会った各国の人々がヒントをくれました。トップダウン(上意下達)で暴走する政府、カネで買われ私物化された政治を変えるためには、ボトムアップ(下意上達)しかないと」

 それが実現できそうな場所がある。富裕層が集まる大都市ではなく、閉塞(へいそく)感がある地方だ。例えばそれは講演で訪れた富山県、自民党が圧倒的な力を持つ「保守王国」だった。「国民の手で主権を取り戻そう」という堤さんの主張を多くの聴衆が熱心に聞いた。

 「国の最大の仕事は、自国の人々を幸福にすること。『この地元の政治家は、善き保守として仕事をしてくれていますか?』と訴えました。常に政治家をウオッチして、有権者のために働くよう育てる。トランプ氏の言う『アメリカファースト』に、なぜ都市部以外の米国民が動かされたのか。欧州で市町村から起きている変化とは何か。日本でこうした話に一番反応するのは、地方に住む人々ですね」

 「国民の力」を掘り起こしたい--。そう願う堤さんは、講演や取材では、できるだけ地方に足を運んでいる。

 しかし、この国の政財界は「国民の力」に目を向けようとせず、トランプ氏とどう付き合うべきかという議論に終始している。堤さんの表情は険しさを増す。「米国だけ見て頼るばかりの日本は、英国をはじめ国民主権を見直しだした今の世界の流れから取り残されてしまい、米国流グローバル資本主義と心中してしまいかねません」

 こう語った後、続けて意外な言葉を口にした。これはチャンスなのだ--と。

 「今まで日本は米国におんぶに抱っこで、何も考えなくてもよかった。でもこれからは違う。日本はどうやって主権を取り戻して国内を再生させるのかを真剣に考えざるを得なくなる。『ピープルファースト』のために政治は何をしないといけないのか。それを考え直すきっかけになるはず」

リーダー妄信は独裁者生む

 米国からの「独立」は、容易な道ではない。在日米軍基地をどうするのかといった国論を二分する問題がある。堤さんは、私たちに、現状と向き合い考えていく覚悟はあるのかと問う。

 日が暮れて辺りが暗くなったからかもしれない。私は堤さんに会う前から胸に抱えていた不安を口にしていた。「今の日本では、トランプ氏のような人物がリーダーになってしまうことはあるのでしょうか」と。

 「条件はそろいつつあります」と言い、米国と重なる要因を挙げてゆく。対立軸のない2大政党▽私物化された政治▽大手マスコミが伝えない地方の姿--。

 確かに過激な発言を繰り出す政治家を支持する雰囲気はこの国にも広がっている。「もろ刃の剣です。現状を打破してほしいと願っても、リーダーを妄信すれば独裁者を生み出してしまう。社会を変える主体はあくまでも私たち国民だという主権者意識を、選挙後も持ち続けられるかどうかです」

 では、堤さんが「合わせ鏡」と表現する米国は今後どうなっていくのだろう。一方、アウトサイダーは使い方次第で「劇薬」にもなると堤さんは言う。トランプ氏を選んだ米国民は、大きな失敗を抱え込むことになるのだろうか。

 「米国民は今後、トランプ氏の選挙中の過激発言を現実にさせぬよう監視しなければなりません。同時に、公約を実現させるための後押しも必要です。派手な選挙戦が終わり、国を動かす地道な作業が始まる今こそ、目を離してはいけない。民主主義はメンテナンスに手間がかかるもの。それは日本でも同じこと。政治に失望し、諦めて放置するだけでは何も変わらない」。諭すような口調だった。

 堤さんは新著の最後に、サンダース氏が政治に絶望した若者を前にして語った言葉を引用している。

 <人間がまずい決定によって創り出したものは、人間による良い決定で変えることができるのだ>

 「国民の力」を信じ、いい方向に少しずつでも変えていけばいい。そう信じることが私たちの希望になるはずだ。【田村彰子】

      ◇

 「トランプという嵐」は今回で終了します。

 ■人物略歴

つつみ・みか

 1971年、東京都生まれ。ニューヨーク市立大学大学院国際関係論学科修士課程修了。国連婦人開発基金、米国野村証券を経て現職。「ルポ貧困大国アメリカ」(3部作)など著書多数。近著に「政府はもう嘘をつけない」。

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