シリアでのアサド政権や過激派組織「イスラム国」(IS)による化学兵器使用が国連に認定された。国際条約で禁じられたこうした兵器の使用がなぜ起こるのか。使用例の広がりは。実態を探った。
 国連と化学兵器禁止機関(OPCW)が30日に発表した報告書は、シリア政府軍が塩素ガスを詰めた「たる爆弾」を使用していると初めて明言した。報告書は、猛毒のサリンやVXガスの使用情報も寄せられていると明記している。2013年9月に米国とロシアの圧力で保有化学兵器約1300トンの全量引き渡しに応じ、今年1月にはサリンやマスタードガスの処理完了が発表されたシリアだが、化学兵器を隠し持っていたか新たに製造した可能性もある。
 今回、国連がアサド政権による兵器としての使用を認定した塩素ガスは、呼吸器に損傷を与え重大な場合は呼吸不全で死に至る。水道水の消毒など産業用にも広く利用される。シリアでは北部アレッポ近郊のカセイソーダ工場や北東部デリゾールの製紙会社などで塩素ガスが産業用に製造されていた。
 一方、化学兵器の申告漏れは過去にも例があり、03年12月に米英の圧力で化学兵器や核兵器など大量破壊兵器の放棄を受け入れたリビアは、10〜11年に追加申告している。
 化学兵器の排除が徹底しない背景には、OPCWの権限の限界や要員不足、査察現場の治安状況などがある。国際原子力機関(IAEA)の核査察と同様、化学兵器の保有実態は各国の自己申告に頼っており、申告内容の徹底検証が不可欠だ。しかしOPCWの査察官の数には限りがあり、シリアの場合は激しい内戦が続き、現地での検証は困難を極める。また、報告書はシリア政府が塩素ガスを投下した可能性がある航空機の「飛行記録の提出を拒んだ」と批判した。
 一方、過激派組織「イスラム国」(IS)が使用したと断定されたマスタードガスについては、ISが取得した経緯は不明だ。ただ、化学の知識があり材料さえそろえば、実験室レベルの小規模施設での製造が可能とされている。【ワシントン会川晴之】

人権団体「136回使用」

 「被害者の目は充血し、体は震え、息苦しそうにもだえていた。異常な爆弾が使われたことは明らかだった」。シリア北部アレッポ県の反体制活動家、ムハンマド・シャレデンさん(26)は昨年3月16日、西隣のイドリブ県サルミンで塩素ガスが使われた現場を目撃した。国連の報告書は今回、サルミンでの塩素ガス使用は「政府軍の攻撃」と断定した。
 シリアでは内戦が本格化した2012年後半から政権による化学兵器使用疑惑が再三浮上したが、政権は一貫して使用を否定していた。だが13年8月にダマスカス郊外の反体制派支配地域で化学兵器のサリンガスが使われ、数百人以上が死亡。米国やフランスがアサド政権へ武力を行使する寸前まで事態は緊迫した。政権を支援するロシアの提案で、シリアが保有する化学兵器の全廃が決まり、米仏は矛を収めた。
 だが、シリア政府が化学兵器禁止機関(OPCW)に保管場所を申告した後も、塩素ガスなどを仕込んだ爆弾をシリア軍が使用しているとの疑惑が相次いで指摘された。在英の反体制組織シリア人権ネットワークによると、13年8月以降、政権側は136回、化学兵器を使用した疑いがある。国連が今回、政権の使用を断定したのは、このうちの2件だ。アサド大統領は塩素ガスの使用を否定。国連安全保障理事会で拒否権を持つロシアがアサド政権を支援しており、今後も実効性のある対応は難しいとみられる。アレッポの反体制派支配地域では今年8月10日にも塩素ガスが使用された。シャレデンさんは「国連が何を言おうと、アサド政権は攻撃を続ける」と疑念を示した。
 一方、ISが北部アレッポ県で致死性がある化学兵器マスタードガスを使用していたことも確認された。ISはイラク北部でも、クルド人部隊にこの兵器を使用した疑いがある。ISは侵攻地域で過去に製造された化学兵器を奪った可能性がある。AFP通信によると、ISが化学兵器製造を試みている疑いもあり、米露は今年、イラクやシリアでISの化学兵器製造施設を空爆した。【カイロ秋山信一】

シリア保有、72年ごろから

 米議会調査局が2013年9月に公表した報告書によると、シリアが化学兵器を初めて保有したのは第4次中東戦争直前の1972年ごろ。当時の同盟国エジプトから提供された。化学兵器は「貧者の兵器」とも呼ばれ、製造費が安く殺傷力が高い。エジプトは、米国の軍事支援を受け経済的にも勝るイスラエルに対抗するため、開発を進めていた。
 シリア国内での本格的な開発は80年代に始まった。第4次中東戦争は73年に終結したが、シリアはイスラエルを脅威と捉えており、当時の大統領だった現アサド氏の父ハフェズ氏は、旧ソ連からノウハウの提供を受け、90年代に実用化に成功した。
 シリア内戦突入後の12年7月、アサド政権は初めて保有を事実上認め、その後に使用した疑いが浮上した。これを受け米露は廃棄を迫り、アサド政権は13年9月、化学兵器禁止条約への加盟と引き渡しを表明した。【松井聡】

シリアの化学兵器を巡る経過

2012年   6月 反体制派がアサド政権側の化学兵器使用を主張
        7月 アサド政権が化学兵器保有を事実上、認める
        8月 アサド政権が化学兵器を使用すれば軍事介入するとオバマ米大統領が警告
  13年 3〜4月 北部アレッポ近郊などでサリンが使われる
        4月 米国がアサド政権側のサリン使用を明言
        8月 ダマスカス近郊でサリンが使用され、200人以上が死亡
           米海軍が駆逐艦4隻を地中海に派遣。軍事的緊張が高まる
        9月 アサド大統領が化学兵器禁止条約(CWC)加盟を表明
           米露がシリアの化学兵器廃棄で合意
           国連安保理がシリアに化学兵器の完全廃棄を義務付ける決議採択
       10月 シリアがCWC正式加盟
  14年   1月 アサド政権が申告した化学兵器計1290トンの国外搬出開始
        4月 北部イドリブ県で政権側が塩素ガス使用
        6月 化学兵器計1290トンの搬出完了
  15年   3月 イドリブ県で政権側が塩素ガス使用
        8月 アレッポ近郊で「イスラム国」(IS)がマスタードガス使用