2016年9月1日木曜日

160827西日本新聞 アベノミクスのからくりと矛盾

アベノミクスのからくりと矛盾 永遠の不成功こそが期待を持続させる 「時間かせぎの政治」

http://www.nishinippon.co.jp/sp/feature/press_comment/article/271306


2016/08/27付 西日本新聞朝刊
写真は東京新聞夕刊より

アベノミクスのからくりと矛盾 永遠の不成功こそが期待を持続させる 「時間かせぎの政治」
2016年09月01日 03時05分


 先の参議院選挙で、与党は勝利を収めた。自民党は参議院で単独過半数となり、改憲勢力による議席数3分の2も手中にした。

 参議院選挙で安倍晋三首相は、「アベノミクスは道半ば」と言い続けることで、経済政策への信任を訴えた。最近の世論調査ではアベノミクスについて「見直すべきだ」という答えが半数を超える。景気回復の実感も、多くの国民は抱いていない。しかし、自民党は勝利を収める。アベノミクスは信任されたことになる。ここに存在するからくりと矛盾は、何なのか。

 この疑問に的確に答えてくれるのが、吉田徹「時間かせぎの政治」(「世界」9月号)である。吉田が強調するのは、「期待値の操作」という政治手法である。政策の当事者たちは「アベノミクスが成功しないのは、アベノミクスが不足しているからだ」と言い続ける。すると、景気回復の実感がない人ほど、いつかは自分にも恩恵が及ぶはずと思ってしまう。結果、「マイナスの実感があってこそ、それらは期待値へと転換される」。ここに安倍内閣が支持される逆説が存在する。

 恣意(しい)的な「期待値の操作」という手法は、実際の成功を目指していない。むしろ、成功しないことの方が意味を持つ。なぜならば、永遠の不成功こそが、成功への期待を持続させることができるからである。「自ら実現を掲げるものが失敗する限りにおいて、自らは必要とされる」。これこそが「アベノマジック」だと吉田は主張する。的確な分析だ。

 吉田は安倍政治の本質を「時間かせぎの政治」と論じる。アベノミクスが実現しないことによってこそ維持される政権は、「破局に向かう政治の『時間かせぎ』にしかならない」。そんなことをしている間に、日本は体力を失っていく。本当は時間かせぎをしている場合ではない。

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 参議院選挙での与党勝利の背景には、野党に対する期待感の薄さがある。特に民進党が、政権を担うべきオルタナティブな選択肢と見なされていないことに大きな問題がある。野党は「時間かせぎ」に代わるビジョンを打ち出さなければならない。

 前原誠司と井手英策による「“センター”への道は切り拓(ひら)けるか」(「世界」9月号)は、党首選立候補を表明した前原が、党内のリベラル派に歩み寄りを示す対談として注目されている。この中で前原は選挙における野党共闘に一定の評価を与え、憲法9条改正についても「慎重な対応をとらなければならない」と言及している。

 しかし、本当に重要な部分は他にある。それは対談相手の井手のビジョンに共感し、日本経済・財政の「体質改善」の必要性を強調している点である。

 前原は、井手の著作によって「自分は大きな間違いをしていたと気付かされた」という。「歳出削減イコール改革」という考えは間違いで、「支出を増やして、税への抵抗を弱める」ことこそ財政再建を可能にすると認識を新たにしたと言う。

 井手は今年6月に出版した「18歳からの格差論 日本に本当に必要なもの」(東洋経済新報社)の中で、現代日本が「誰かのための負担をきらう『つめたい社会』」になっていると論じる。今の日本人は、税負担を極度に嫌う傾向にある。困っている人がいても、自分が負担してまで助けようとはしない。そのため、租税負担率は先進国の平均を下回り、再分配が十分に機能していない。

 井手は、思い切った発想の転換を提起する。それは社会的弱者や低所得者だけでなく「中高所得者も『受益者=得をする人』」にするという提案である。これによって国民の間に「分断線」をなくし、所得の一定割合をみんなが税で負担することで、「誰もが受益者」という仕組みができるという。

 井手が目指すのは「お金なんかで人間を評価しない」社会のあり方だ。貧しい人も一定の割合で負担し、所得の多い人にも分け隔てなくサービスを提供する。この方法こそが、「困っている人を助け、お金持ちに重い税をかけること」よりも格差の縮小を実現できるという。

 井手のビジョンに前原が共感していることの意味は大きい。民主党政権時代の失敗を踏まえた上で、新たな再分配システムを提案することこそが、今の民進党には必要である。

 井手は自らの提案を「成長には頼らない道」と論じている。経済成長をあてにした政策は、期待値の操作による「時間かせぎ政治」にほかならない。吉田の論考と井手のビジョンは見事に呼応している。ここに野党が目指すべき選択肢がある。

 リベラル派は「3分の2」後の政治に絶望するのではなく、希望ある見通しを紡いでいかなければならない。

(中島岳志 なかじま・たけし=東京工業大教授)


=2016/08/27付 西日本新聞朝刊=

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