2016年9月13日火曜日

160913毎日新聞 動き出す憲法審査会 今こそ足を止め考える時

動き出す憲法審査会 今こそ足を止め考える時

毎日新聞 
 今秋、憲法改正への号砲が鳴ろうとしている。26日に召集される臨時国会以降、改憲を視野に入れた憲法審査会の審議が見込まれるからだ。7月の参院選で改憲に前向きとされる勢力が3分の2を超え、国会発議が可能な状況になった。だが、その前に、いや今こそ、立ち止まって考えるべきことがあるのではないか。【江畑佳明】
 まず、衆参で改憲の発議ができる環境が整った時の安倍晋三首相の発言を振り返ってみたい。7月11日、参院選投開票日の翌日。「与党勝利」の結果を受け、自民党総裁として記者会見した安倍首相は引き締まった表情でこう語った。「憲法審査会で、どの条文をどう変えるべきかを議論すべきだ」
 安倍首相は改憲に前向きなだけに、改憲についての政党間の温度差はあるとはいえ、国会での議論は今後活発化しそうだ。だが、国民的な議論が盛り上がっているとは言い難いのではないか。
 「現時点で改憲は必要ないし、具体的に条文を議論する段階とは考えていません」と、安倍首相の発言に反論するのは、学習院大教授(憲法学)の青井未帆さんだ。その理由をこう説明する。
 「憲法は、社会に安定をもたらす法秩序の要として、めったなことでは変えないと位置付けられているのが、大前提の考え方です。だから改憲の方向性が決まっていない今は『なぜ憲法を変えなければならないのか』『改憲の必要はない』といった議論がまず行われるのが筋。条文の検討はずっと後のことです」
 安倍首相のこれまでの言動からは「憲法を変えたい」という意思は伝わってくる。しかし、国民にとって重要なのは、改憲がどうしても今必要だという具体的な根拠のはずだ。

許されない「理由なき改憲」

 一方の自民党は2012年4月に憲法改正草案を発表した。その解説本では、改憲の必要性について「日本国の主権が制限された中で制定された憲法には、国民の自由な意思が反映されていない」と主張し、従来の「米国の押し付け憲法論」を展開する。だが「なぜ今必要なのか?」という問いの回答には、ほど遠いと思えてしまう。

 そんな疑問を口にすると、青井さんもうなずいた。「改憲を目指す人々の本音は『占領下で押し付けられた憲法は嫌だ。とにかく変えたい』という願望ありきでは。それは『理由なき改憲』と呼ぶべきものです」
 「理由なき改憲」−−。それが実現していいはずがない。だが、永田町からは「お試し改憲」といった、軽い言葉が聞こえてくる。その第1弾として与党を中心に検討されているのが、大災害などの緊急時に衆院議員の任期を延長する案だ。自民党の谷垣禎一幹事長(当時)は4月の記者会見で、「一番まず考えるべきところはそこではないか」と、議論の俎上(そじょう)に載せる優先順位が高いという考えを明らかにしている。
 だが、青井さんは「不要」と一蹴する。「『必要』と主張する人たちは、『衆院議員の任期満了と大災害が重なったらどうする』などと非常にまれなケースをあげつらっているだけ。憲法が定める参院の緊急集会をベースに、常識的で柔軟な対応をすればいいだけの話です」と語る。万一の場合も現行憲法で対応できる、というのだ。
 政治評論家の森田実さんも「現行憲法で対応できない課題は、戦争以外には見当たりません」と、「理由なき改憲」に反対する。「基本的人権の尊重といった普遍的な価値を前提とする今の憲法に大きな不備はない。国民生活の向上のために必要な課題が生じれば、淡々と法整備を進めればいい」と訴える。
 森田さんは今、国会議員に問いたいことがある。それは「議員としての見識と覚悟を持ち改憲に手を付けようとしているのか」という点だ。
 森田さんが語る。「国会議員は国民の代表である以上、与党議員であっても『首相や大臣のその言動はおかしい』と内閣をチェックするのが当然です。なのに、今の自民党は、首相の独走を許容するという全く異常な事態に陥っている。民意に耳を澄ますのではなく、公認や役職を与える権限を握る首相に『右向け右』の議員ばかり。その状態で、国民のための活発な議論や適切な判断ができるとは考えにくい」
 そのような自民党議員が改憲議論を進める原動力になりそうなものは何か。森田さんは「強い力を持った安倍首相への恐怖心がある」と見る。

「国のかたち」を変質させる

 そもそも憲法は、大臣や国会議員らに憲法順守義務を課している。それにもかかわらず、安倍首相は、9条の解釈改憲で国民の反対が強かった安全保障関連法を成立させたり、昨秋は要件を満たした野党の要求を退けて臨時国会を召集しなかったりするなど、「憲法軽視」の姿勢が批判されている。だが、そのような行動を国民も許している、という側面はないだろうか。
 東京大教授(哲学)の高橋哲哉さんは「立憲主義では、国民は権力者に対し『この憲法を守れ』という命令をしている。ですが、これは放っておいても自動的に実現するものではない。権力は常に縛られることを嫌いますから。だから国民は、『権力者に憲法を守らせる力』を身に着けないといけない」。首相らが「憲法軽視」の言動をとれば、それは国民の力が弱い、ということなのだ。
 ただ、そのような国民の力は簡単に得られるものではない、とも言う。「国民は、政治に関心を持って権力者の動きを常に監視せねばなりません。憲法がどれだけ重要なものか、一人一人が理解を深めていくことも重要。憲法を軽視する権力者の誘導があっても流されないような見識が、国民に求められるのです」と、高橋さんは強調する。
 また、こんなアイデアも披露した。「米国大統領みたいに、日本の首相も就任時に『憲法を守って職務遂行をする』と宣誓するように定めてはどうでしょうか」。憲法は国民から権力者への命令である、と改めて確認するというわけだ。
 前出の青井さんは「憲法を変える行為がそもそもどんな意味を持つのか、議員も国民も考えてほしい」と力説する。具体的な改憲論議の前に立ち止まり、憲法への理解を深める必要がありそうだ。
 「多くの国民は『9条を変えなければ問題ない』と思っているかもしれません。しかし最高法規である憲法が変われば、その影響は法体系全体に及ぶ。法体系が影響を受ければ、人権を保障する法律が影響を受ける場合もあります。実際、自民党の改憲草案は個人よりも国家や家族を重視する内容なので、仮にそのまま成立すれば自由の意味が変容するかもしれません」
 憲法の条文が変われば、国民の権利や自由、家族の姿さえ変わりかねないのだ。それは、国のかたちが変質することにほかならない。改憲の重みを認識すべき段階に私たちは来ている。

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