毎日新聞 2016年11月18日 東京夕刊
http://mainichi.jp/articles/20161118/dde/012/030/002000c
今こそ「従属」から脱却を 米国の「暴力性」を直視せよ
社会思想家で京都精華大専任講師の白井聡さん(39)は昨年、仕事の拠点と共に住まいも東京から京都に移した。「東京を離れてみると、人の多さなど異常さが分かりますよ」と、赤や黄に色づき始めた街並みを見渡した。静けさを重んじる古都には、思索にふける時間が存在する。
敗戦から現代日本を分析した「永続敗戦論 戦後日本の核心」を出版したのは2013年だった。戦後日本は敗戦の事実を否認し続け、米国の保護下で平和と繁栄を得たことで、その責任について無自覚になった--と説いた。「対米従属」というキーワードで日本の構造を問題視し、石橋湛山賞を受賞したことでも話題になった。著書を通し、国家としての本質的な「自立」を求め、3年半がたった。
「世紀の大番狂わせ」。ドナルド・トランプ氏(70)が米大統領選で勝利し、東京・永田町は動揺が続く。日米安保体制の見直しや日本の核保有容認といった持論をむき出しにする異端児が大統領に就任する目前なのに、私たちは、またも「無自覚」のままでいるのか。
その問いを発すると、白井さんは目線を合わせて答えた。「トランプさんが大統領になる影響を懸念するばかりで、日本のあるべき姿が語られることがない。やはり無自覚なのでしょう。アメリカの指導者が誰になろうが、大切なのは我々がどうしたいか。ビジョンがあって初めて、相手がどう出てくるのかという議論が生まれるはずです」
想定外だったトランプ氏当選で、日本の政財界が右往左往している。日米同盟はどうなるのか、円安を促してきた経済政策はどうなるのか、と憂慮する声が広がっている。
そんな日本にあって、例外は「沖縄県民」だと見る。「自分たちがどうあるべきか本気で考えているのは、今の沖縄の人々。沖縄と本土は歴史が違います。本土側は沖縄に戦後の矛盾を閉じ込めることで、それを見ないようにしてきた。沖縄は、軍事力だけを頼りに国の独立性を保つことなどできようがないことを、歴史から学んでいる」。太平洋戦争で唯一、国内で地上戦の舞台となった沖縄では住民約9万4000人の命が奪われた。戦後71年たった今、住民の怒りを無視するかのように、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設などが進められている。犠牲を強いられないと、私たちは自ら考えることはできないのか。
沖縄の現実を踏まえ、アジアの中の日本を意識する。「アジア地域で、常にアメリカが後ろにいる日本は信頼されていないし、真の友人がいないという状況が続いてきた。だからこそ、日米安保体制を相対化しなければならない。米国一辺倒から抜け出すのです。また、沖縄の人々が『沖縄を東アジアでの平和の象徴にする』というビジョンで活動していますが、空想的な理念ではない。日本が生き残っていく一つの手段です」
一方、今後の日米関係を考える上で、トランプ氏のこの発言が忘れ去られることはないだろう。「我々が攻撃を受けても日本は助けに来なくていい。こんな取り決めは割に合うだろうか」
白井さんは言う。「リアルに日米安保体制が大幅に変わる可能性はある。日本の右派はついに自主防衛しかないと活気づいています。でも、自分たちの国を自分で守る手法は、軍事力だけに限らない。諸外国と多角的に良好な関係を築き、国際社会で生きていく、そんな当たり前のことを想像できない人々がいる」
白井さんは「対米従属」を外交ではなく、日本国内の問題と位置付けてきた。自分たちが抱える問題を「外圧」によって解決してきたことに「日米関係のひずみ」があると考えている。「対米従属は戦後から71年染みついているわけですから、転換は容易ではないでしょうが」。深いため息をついた。
身を乗り出して戦後の日米関係を振り返り始めた。注目したのは米国の「暴力性」だ。それが日本に向けられるようになった起点は、1980年代のロナルド・レーガン政権にあると主張する。同政権は軍事力を背景に「力による平和」を推し進めた。一方、日本との関係では中曽根康弘首相(当時)と「ロン・ヤス」と呼び合い、「情緒的な親密さを強調した」と言う。呼応するように、中曽根氏は日米同盟の強化を念頭に、日本列島を「不沈空母」と例えたことがある。
「アメリカが一貫して持っている暴力性はしばしば覆い隠されてきた。その本質が誰の目にも明らかになったのはブッシュ・ジュニア時代です」。2001年に就任したブッシュ大統領(同)はイラクやイラン、北朝鮮を「悪の枢軸」と呼び、イラク戦争に踏み切った。小泉純一郎首相(同)は、米国を全面的に支持した。
バラク・オバマ大統領で「暴力性」は断ち切れたのか。「核なき世界を目指したオバマさんにアメリカ国民は付いていこうと思ったが、結果的にチェンジチェンジ詐欺だった。暴力性を変革しようにも既に手の施しようがなかった。今回の大統領選はオバマ路線を継承するヒラリー・クリントンさんより、既成政治を批判したトランプさんの方を選んだということなのです」
日米両国だけではなく世界各国が、トランプ氏当選に衝撃を受けているが、白井さんは違った。「さほど驚きではない。トランプさんの体現するものは、暴力性という意味でブッシュ氏とさほど違わないように見える。トランプ大統領の誕生でオブラートがはがれただけです」。そして日本の歴代政権は、「暴力性」に目をつむるかのように米国と協調してきた。
では、私たち日本人はなぜ、米国の「暴力性」を見なくなったのだろうか。「アメリカには二面性があり、海兵隊に象徴される恐ろしいアメリカと同時に、ミッキーマウスが象徴する楽しく明るいアメリカもある。60年安保からベトナム戦争のころまでは、その二面性がはっきり見えていたと思うのですが」。転換の象徴となったのは、83年に開業した東京ディズニーランドだと指摘する。「80年代に入ると日本はアメリカの傘の下の繁栄を享受してきたことで、楽しいアメリカだけを消費する態勢ができあがってしまった。皮肉にもまさに同時に冷戦終焉(しゅうえん)を控え、アメリカが日本を庇護(ひご)してあげる動機が消えつつあったのに」。無自覚に「従属」を続けるばかりだった。
「偉大なアメリカ」という幻想
「偉大なアメリカを取り戻す」
トランプ氏が大統領選で声高に掲げたスローガンに、白井さんは一つの真理があったと見る。「この言葉は、アメリカは現に偉大ではないと認めています」。このスローガンに対し、オバマ大統領のミシェル夫人は「アメリカは既に偉大だ」と反論した。
「これはトランプさんの方が正しい。ところで、アメリカが偉大な国であってほしいなんていう願望は、私にはない。いいかげん、そういう幻想を持つのはやめた方がいい」。「幻想」と言い切る根拠は、経済的な限界にある。
「アメリカは外から広く人を受け入れ、オープンであることで活力をみなぎらせてきた。でも、経済が成長し続けない限り、オープンな国であり続けることは無理。開かれたアメリカから利益を受けてこなかった大衆の苦悩や反発が、反グローバリズムを掲げるトランプさんを勝たせたのです」
安倍政権が「成長戦略の切り札」とし、オバマ大統領と進めてきた環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の行方は、トランプ次期大統領の決定に委ねられた。「TPPは死にましたね。日本の将来を左右する重要な政策でさえ、アメリカが完全に主導権を握っていることが今回の大統領選で露呈したのです」
トランプ氏の勝利から10日が過ぎる。
「トランプさんが勝ってしまったことについて、悲嘆に暮れている日本の知識人がいます。物理的な部分で対米従属の構造があるのは事実ですが、想像力の領域にまで及んでいるのは由々しきことです。もっと精神は自由にならなくてはいけない」
17日にはニューヨークでトランプ氏と安倍晋三首相の直接会談が実現した。「日本の首相が当選後間もなく自らの元に駆け付けたことに、トランプさんは満足しているのではないでしょうか」。そう推察する。
安倍首相はトランプ氏に、日本が目指すビジョンを伝えられたのだろうか。それとも「対米従属」のスタンスを継続するのか--。
白井さんが繰り返していたこの言葉をかみしめた。「今こそ、我々一人一人が自分の頭で国の在り方を考えていくべきなのです」【鈴木梢】
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「トランプという嵐」は随時掲載します。
■人物略歴
しらい・さとし
1977年東京都生まれ。早稲田大卒、一橋大大学院博士後期課程修了。現在は京都精華大人文学部専任講師。著書に「未完のレーニン」、内田樹氏との共著に「日本戦後史論」など。=京都市左京区で、川平愛撮影
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