2016年11月5日土曜日

161104毎日新聞 続報真相 「安倍語」を検証する 

続報真相 「安倍語」を検証する 改憲論熱弁…一転、「貝」に

毎日新聞 
 改憲勢力が初めて衆参両院ともに3分の2の議席を超え、「安倍1強体制」が強まる中で開かれている臨時国会。だが、安倍晋三首相は悲願の改憲について、急に“だんまり戦術”をとり始めた。雄弁になった時は、比喩や情緒的反論で矛先を変える“はぐらかし戦術”で、議論は一向に深まらない。独特な「安倍語」をまたまた分析する。【横田愛】

戦略優先「答える義務ない」

 「今、いよいよ憲法改正がリアリティーを帯びてきている中で、私は自民党総裁として発言することは控えた方がいいと判断した」。安倍首相の口からこんな言葉が飛び出したのは、10月12日の衆院予算委員会でのことだ。民進党の山尾志桜里議員が「この国会、冗舌な総理が突然貝のように答弁をしなくなる場面が何回かあった。自民党憲法改正草案について質問されたときだ」と「貝」になった理由を尋ねたことへの答えだ。
 確かに首相はかつては冗舌だった。第2次安倍政権発足直後の2013年通常国会では、「憲法を改正する際には他国と同じように『国防軍』という記述が正しい」「まずは(改憲発議の要件を緩和するため)96条を変えていくべきだというのが我々の考え」と、とうとうと説明。今年の通常国会でも改憲項目への言及は減ったものの「在任中に成し遂げたい」と改憲への強い意欲を表明していた。
 過去の答弁は何だったのか。首相は12日の衆院予算委で「憲法審査会が動く前の段階だったから、自民党総裁の立場として機運を盛り上げるために紹介した」と説明。「(首相の立場としては)論評はできるが、答える義務はない」とも語った。
 首相が「語らなくなった」背景には、「タカ派」とみられる自らが改憲を語ると野党の標的になり、改憲がむしろ遠のきかねないとの計算があるようだ。現に首相は26日、首相官邸で会談した保岡興治・自民党憲法改正推進本部長に「自分は政局の一番中心にいるから党に任せる」と発言。首相に近い議員は「民進党議員には『安倍さんだけが問題だ』と言われる。首相も自分は何も言わないほうがいいと自覚している」と解説する。
 「だんまり」は野党をなだめて国会主導で改憲論議を進めるための戦略で、与党内ではこうした首相の変化を好意的に見る向きが多い。
 だが、政治家の言葉を専門的に研究する早稲田大教授のソジエ内田恵美さん(応用言語学)は首をかしげる。「安倍首相は何かを語りたいときは『自民党総裁』という形で語り、語りたくないときは『内閣総理大臣なので』語れないという。アイデンティティーをその場の都合で変えている」と言う。
 その指摘通り、9月30日の衆院予算委でも、基本的人権を「侵すことのできない永久の権利」と定めた憲法97条が自民党の改憲草案で削除されたことを巡って、細野豪志議員(民進党)が理由をただしたのに対して、首相は「逐条的にこれ以上議論を首相である私がするのは適当ではない」と答弁。答えぬ首相に業を煮やした浜田靖一衆院予算委員長に促され、渋々「条文の整理に過ぎず、基本的人権を制約するということではない」とだけ述べた。
 首都大学東京教授の木村草太さん(憲法学)は「首相は97条を削除すべきだと考えている政党の代表でもある。(行政府の長としても)97条が行政に対する不当な障害となっているのか、行政を良い方向に向ける働きを担っているのか、見解を述べるべきだった」とした上で、「首相が行政府の長として語らない、ということは、少なくとも行政に関わる分野では現行憲法に問題がないと考えているとも受け取れる」との見方を示す。
 一見、首相は持論を変えたのかとも映るが、さすがにそれはないだろう。ソジエ内田さんは「戦略性が目に付き、国民を議論に巻き込むという意識が弱い」と指摘。「『改憲を成し遂げたい』と言うなら、なぜ改憲が必要で、どこを変えたくて、改憲にどのような利点があるのか、逐条的な議論がなければ説明責任を果たしているとは言えないのではないか」と疑問を呈する。
 憲法改正と同様、けむに巻く答弁を繰り返しているのが、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)への陸上自衛隊派遣を巡るやりとりだ。
 10月12日の衆院予算委で安倍首相は「南スーダンは例えば我々が今いる永田町と比べればはるかに危険な場所であって、危険だからこそ自衛隊が任務を負って、武器も携行して現地でPKO活動を行っている」と説明。一方、「任務が増えるからといって自衛隊員が実際に負うリスクは、1足す1足す1が3といった足し算で考えるような単純な性格のものではない」と語った。

 永田町と南スーダンを比べる発言に、質問者の高橋千鶴子議員(共産党)は「断じて許せない。そんな問題じゃないでしょう」とかみついた。
 現地で民生復興支援を行う日本国際ボランティアセンターの谷山博史代表理事は、国会の議論が「『言葉遊び』になっている」と批判する。治安が悪化する南スーダンの状況について「政府は答弁で『衝突』や『発砲事案』と言うが、現地は紛争状態。自衛隊が相対する勢力は紛争当事者であり、場合によっては政府軍になりかねないという事実を認識する必要がある。事実をもって、もっともっと追及しないとまずい」と危機感を募らせる。
 肝心なことを「語らない」首相について、ソジエ内田さんは「結論は既に決まっており、戦略的に不利だと判断した場合には『語らない』選択をする。実質的な議論をせずに済ませようという意図があるのではないか」と推測。「憲法など国家の根幹に関わる事柄がこれから議論となる中、首相は強い政治力を握っているからこそオープンな議論に努め、熟議を通じて国民的な合意を得ていくべきだ」と語る。
 肝心な時に議論しなければ、国民的な議論はいつするのか、ということだ。

「トランプ風」の情緒的切り返し

 安倍首相の言葉を海外から見るとどう映るのだろうか。「歴代首相の言語力を診断する」などの著書がある東照二・ユタ大教授(社会言語学)は「善きにつけあしきにつけ言葉の機能、力を非常に意識している人だ」と言う。
 この秋の臨時国会、盤石な体制を手に入れた上での所信表明演説では、「未来」を18回、「世界一」を8回も繰り返した。
 「世界的に今、『grandiosity(壮大さ)』がトップリーダーの言葉のはやりになっていて、安倍首相も非常に意識している。中身がどうかは二の次で、大切なのは壮大で光り輝いて見えること。多くの有権者をひきつけるために、簡単で平凡なキャッチフレーズや情緒的な言葉を多用するのが特徴です」と言う。
 ソジエ内田さんは、所信表明演説で多用されたキーワードについて「ポジティブなイメージで共感を呼びやすい表現だが、具体的な政策の方向性を示さず広告的と言える」と指摘。東さんも「反知性主義に近いものがあり、議論を避ける傾向が強い」と語る。
 第1次安倍政権当時のキーワードは「美しい国」。東さんは、首相のイメージ戦略がかつての「詩的なレベル」から、現在は「力強く壮大で自信のある姿」への脱皮を図ろうとしているが、自信が「過信」と映る発言も散見される、と指摘する。
 首相の情緒的な言葉が、議論を深める雰囲気を壊す場面も目立つ。
 例えば10月3日の衆院予算委では長妻昭議員(民進党)が、自民党改憲草案について「谷垣(禎一)総裁のときに作ったものを世に出したものだから、僕ちゃん知らない、と聞こえた」と投げかけたのに対し、首相は気色ばんで比喩に反論。「全く言っていないことを言ったかのごとく言うというのがデマゴーグなんですよ。これは典型例ですね、典型例じゃないですか。言っていませんよ」とまくしたてた。
 9月27日の衆院本会議でも民進党の野田佳彦幹事長に対し「決断すべきときに決断し切れない過去のてつは踏むことのないよう全力を尽くしたい」と過去の民主党政権をあてこすった。
 こうした攻撃的な態度について東さんは「レベルが低く首相らしさが欠けた発言です。感情をコントロールできておらず、少し(米大統領候補の)トランプ気味になっている」と指摘。「安倍さんは『自信の表れだ』と思っているのかもしれないが、自信が裏目に出て、重厚さや知的さ、リーダーとしてあるべき太っ腹の部分が欠けている。(自民党の総裁任期延長で)戦後最長の首相在任も視野に入っているのだから『宰相の器』を考えるべきだ」と語る。
 そのうえで東さんは野党にも「首相の情緒的な言葉に対して、情緒的に切り返していて、安倍さんのレベルで一緒に踊っている」と苦言。「情緒ではなく『情報』でもって反論しないと、議論はいつまでも深まらない」と語る。
 世界各地でトップリーダーたちの言葉が荒れ放題の今。安倍首相は「百の言葉より一の結果」と言うが、政治家には議論が深まるような言葉づかいをしてほしい。

今国会で気になる安倍首相語録

 ◆だんまり戦術
 「逐条的な議論は憲法審査会でやっていただきたい」(改憲について、9月30日など)
「(首相の立場として)憲法について論評はできるが、答える義務はない。答える場合もあるし、答えられない場合もある」(同、10月12日)
 ◆けむに巻く言い回し
「(自民党改憲草案を)撤回しなきゃ議論をしないというのは、例えば、自民党の綱領は気に食わないから撤回しろよと言っているのとやや近いところがある」(改憲について、10月3日)
「南スーダンは我々が今いる永田町と比べればはるかに危険な場所」(南スーダンPKOについて、10月12日)
「我が党において、今まで結党以来、強行採決しようと考えたことはない」(環太平洋パートナーシップ協定<TPP>承認案の採決について、10月17日)
 ◆民進党攻撃
「決断すべきときに決断し切れないという過去のてつは踏むことのないように全力を尽くす」(TPPについて元首相の野田佳彦議員に、9月27日)
「民主党政権の3年3カ月、児童扶養手当はたったの一円も引き上がらなかった。重要なことは、百の言葉より一の結果だ」(子育て施策で蓮舫代表に、9月28日)

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