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原子力の基礎知識
再臨界問題を中心として
- 核分裂連鎖反応と臨界 核分裂性核種であるウラン235が核分裂すると核分裂生成物とともに2、3個の中性子が飛び出す。その中性子の一部は、ウラン238などに吸収されたり、炉心の外へ逃げてしまったりする。しかしそのうちの1個の中性子が次のウラン235の核分裂を引き起こし、そこで出てくる中性子の1個が次の核分裂を引き起こし、と連鎖的に続く反応を核分裂連鎖反応と呼ぶ。そしてほかに中性子を発生する中性子源がなくても、このように核分裂連鎖反応が定常的に持続する状態を臨界と呼ぶ。
- 原子爆弾核爆発には核分裂反応によるもの(原爆)と核融合反応によるもの(水爆)とがあるが、ここでは原爆について説明する。ウラン235のような核分裂性核種が十分存在する系では、核分裂が起きるごとに中性子が増え、連鎖反応が拡大して暴走することがある。核爆発では、即発中性子だけで連鎖反応が持続する即発臨界を超え、臨界超過状態となって短時間の間に中性子の数が飛躍的に増え、巨大なエネルギーが放出される。
図2 核爆発 - 原子力発電所 原発では核分裂が起きるとき放出される莫大なエネルギーを利用する。その燃料すなわち核燃料にはふつうウランが使われる。ところで、天然のウランの大部分は核分裂しにくい質量数238のウラン238である。その中に核分裂性核種のウラン235がわずか0.7%だけ含まれている。天然ウランのままでも核燃料として使うことはできるが、ふつうの水を中性子減速材として用いる軽水炉ではウラン235を4%程度に濃縮して用いる。ウラン238は中性子を吸収し、核分裂連鎖反応の持続をじゃまするので、ウラン235が0.7%のままでは、ある程度中性子を吸収する軽水を減速材として用いることができないためである。
- チェルノブイリ原発事故の爆発 チェルノブイリ原発の事故で起きた爆発は2回起きたとされている。チェルノブイリ原発は特殊な設計であったこと、不注意な運転操作を行ったことから、まず核分裂連鎖反応が暴走し、出力が急上昇した。ただしこれが直接爆発を引き起こしたのではないので、核爆発とは言えない。1回目の爆発は、溶融した核燃料が圧力管内の水の中に入ったことによる水蒸気爆発である。このとき溶融物と水が接触し、水素が発生した。2回目の爆発は水素爆発だとする説が有力である。福島原発事故では核分裂連鎖反応は停止していたので、水蒸気爆発を心配する必要性は低い。
- 東電福島事故の爆発 核燃料の冷却が不十分で高温になると、燃料被覆管のジルカロイが水蒸気と反応して水素が発生する。原子炉運転中、格納容器内は窒素雰囲気となっているので、たとえ水素が出てきても爆発しない。しかし水素が建屋に漏れだすとそこには酸素が存在するので爆発の可能性がある。
- 東海村のJCO臨界事故 1999年9月30日、株式会社ジェー・シー・オーにおいて核燃料を加工中にウラン溶液が臨界状態に達し、核分裂連鎖反応が発生、臨界状態が約20時間持続した。ウラン235を18.8%に濃縮した硝酸ウラニル水溶液を球形に近い容器に入れたこと、容器の周りの冷却水が中性子を容器内に戻す反射材の役割を果たしたことなどから臨界状態となったものである。
- 再臨界 再臨界とは核分裂連鎖反応が停止した後になんらかの理由で再び臨界状態になることをいう。たとえば中性子を吸収する制御棒の材料だけが失われ、核分裂性核種だけが一か所に固まると、再臨界となる可能性はゼロではない。しかしながら原発においては、そもそも臨界状態を持続させることによって得られる大きな熱エネルギーを利用している。このため臨界状態が出現しても中性子線に作業員が曝されることはない。臨界状態になると熱エネルギーも発生するが、量的にはJCO臨界事故のときもわずかであり、それを恐れる必要もまったくない。
- 再臨界と核爆発 前述したように、原発の核燃料はウラン235を4%程度に濃縮したものを用いている。この程度の濃縮度の核燃料が溶け出し配置が変わることで再臨界となる可能性はゼロではないものの、核爆発は起こり得ないと断定できる。
- 事故当時の政治家たちの認識 事故発生から1年以上経って、当時官邸にいた政治家が執筆した本が出版された。そこには、「再臨界が起こると、核分裂反応は制御できなくなり、原子炉は爆発への道を突き進むことになる」[1]、「最初の海水注入には再臨界により原子炉内で核爆発が起こることを防止する役割を持つホウ酸の投入はなかったが・・・」[2]などの記述がある。再臨界が起きるとわずかながら発熱は増えるし、わずかながら放射性核分裂生成物も新たにできるが、 核分裂連鎖反応が暴走するような事態すなわち核爆発など起こりえない。当時、官邸で問題になっていたのはあくまで再臨界の可能性の有無であって、核爆発の可能性の有無ではない。
- 爆発とは やや横道に逸れるが、爆発とはなにかについても解説しておこう。東電福島事故でも実際に原子炉建屋の爆発が起きたばかりでなく、いろいろな場面で爆発が起きることが心配された。では爆発の定義はなにか。水中でも爆発は起きるが、ここでは空気中のものだけを考える。その場合、「衝撃波を伴い、爆心付近においては気体が音速オーダで膨張する現象すなわち爆風を伴い、また、固体容器の破裂を伴う場合には、その破片が10m/s以上のオーダの初速度で飛散するような事象」と言えば、多くの人が納得するであろう。なお、ここで衝撃波とは超音速の音速を超える圧力波のことである。福島原発事故の3号機建屋の瓦礫は初速70m/s程度だったと見積もられており、確かに爆発であった。
- 水蒸気爆発とは 水蒸気爆発についても補足しておく。水の中にたくさんの高熱の細かい粒などが落下すると、粒の周りは水蒸気の膜に覆われる。水蒸気は熱を通しにくいのでその膜が安定で壊れないなら爆発は起こらない。何らかの原因で膜が不安定になると、粒は水と直接接触し、水が急激に気化して衝撃波として伝播、爆発が生じる。水が急膨張するだけの伝熱面積があることが、界面接触型というこのタイプの水蒸気爆発の必要因子の一つである。
- おわりに いわゆる海水注入中断騒動の真相についてはまだ不明な点も残されている。しかし、原子力の基礎知識を持たない人たちが「再臨界の心配」という言い方で「核爆発の心配」をしていることまでは、原子力をある程度学んだ者にはなかなか思い至らないものである。このような知識のギャップが意思疎通の障害になり得ることを踏まえた上で、今後の緊急時対応のあり方を考えていかなければならない。
核分裂反応で2、3個の中性子が飛び出してくると書いたが、核分裂直後に出てくる即発中性子は99%で、 残りの0.6~0.7%のものは不安定な核分裂反応物のベータ崩壊により少し遅れて放出される。これを遅発中性子と呼び、遅れ時間は平均で13秒くらいである。原発では、基本的にはこの遅発中性子の寄与も合わせた臨界、遅発臨界を維持している。即発中性子だけで反応ごとに中性子の数が0.1%増えるとする。発生した中性子が次の反応を起こすまでの時間は10万分の1秒くらいなので、1万分の1秒後には1.001の10乗の約1.01に、そしてなんと1秒後には2万2000倍になってしまう。一方、遅発中性子の寄与により臨界となっている場合は、反応から反応までの時間は0.1秒くらいなので、反応ごとに中性子が0.1%増えても1秒後に約1%増えるだけである。1分経っても2倍にはならない。このようにゆっくりした現象なので人による制御が可能となる。
福島原発事故の建屋の爆発は、長く高温・高圧状態に置かれた格納容器の一部が破損し、水素が建屋に漏れ出したため、水素爆発に至ったものである。なお、爆発が格納容器の外だったので、格納容器の機能が完全に喪失したわけではない。もし格納容器内部で爆発が発生した場合、溶融した核燃料や核分裂生成物がすべて飛び散るので、環境中へ放出される放射性物質の量はチェルノブイリ原発事故のようにずっと多くなったと思われる。
臨界状態を収束させるため社員らが、アルゴンガスを注入して冷却水を抜き中性子が容器から逃げやすくする、ホウ酸を投入し中性子を吸収するなどの作業を行った結果、事故は終息した。この事故は、臨界を想定していない施設で臨界状態が出現したことで、作業員が至近距離で中性子線を浴びることとなり、2名が死亡、1名が重症という惨事となった。
臨界状態の収束に長時間を要したのは、溶液系の臨界事故状態は長時間持続する可能性があることは過去の事故例も示していたにも拘らず、それが専門家の共通認識となってはいなかったためであると考えられる。
化学変化以外の反応による爆発もある。その一つが核爆発である。水蒸気爆発というのもある。液体が急加熱されて気体となるとき体積が急増するが、それが原因で起きる爆発である。ほかに、内圧に耐えきれなくなった個体容器の破裂についても爆発と呼ぶことがある。栓をしたまま火にかけた湯たんぽの破裂などである。
文献
- 原発危機 官邸からの証言、福山哲郎、ちくま新書、p.84.
- 海江田ノート、海江田万里、講談社、p.47.
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