毎日新聞
安倍晋三首相が憲法改正を「参院選で訴える」と前のめりだ。この姿に喝采を送るのが、改憲を支持する「安倍応援団」とも呼べる人たちだ。首相に近いとされる彼らがどんな憲法観を持っているのか、有権者は知っておくべきだろう。一般には知られていない発言などを掘り起こしてみた。【吉井理記】
神社本庁参加、初詣で賛成署名活動
氷雨そぼ降る京都にいる。JR京都駅にほど近い新熊野神社(京都市東山区)は、後白河法皇が1160年に創建した由緒あるお社である。
「とんでもない話です。神社や神職が改憲の署名集めだなんて」。強い口調で言うのは尾竹慶久宮司(65)その人。古い時代の神道に詳しく、2008年、神道と仏教の境がなかった明治期より前の「神仏習合」の古式にのっとった例大祭を140年ぶりに復活させたことでも著名だ。
その矛先は、改憲推進団体「美しい日本の憲法をつくる国民の会」(国民の会)に全国8万社を傘下に置く宗教法人・神社本庁が参加し、各神社で改憲賛成の署名運動が行われていることに向けられている。初詣の際、署名を求められた人もいるだろう。
「我々の職務は、参拝者に気持ちよくお参りをしていただく環境を整えることに尽きます。不快感を抱く人もいる改憲運動を持ち込むのは、神職の職務放棄、神社の私物化です」。新熊野神社は神社本庁傘下ではない独立神社だ。
そもそも「国民の会」とは何か。
設立は14年10月。共同代表はジャーナリストの桜井よしこ氏▽神社本庁も参加する保守系団体・日本会議の名誉会長で元最高裁長官の三好達氏▽日本会議会長で杏林大名誉教授の田久保忠衛氏の3人が務める。さらに代表発起人として長谷川三千子・埼玉大名誉教授▽作家の百田尚樹氏▽作曲家のすぎやまこういち氏ら安倍首相と親しい保守系文化人、その3氏も参加した「安倍晋三総理大臣を求める民間人有志の会」の裏方として奔走した文芸評論家の小川榮太郎氏▽神社本庁の田中恒清総長らが名を連ねる。昨年11月には日本武道館に約1万人を集め、早期の改憲を訴えるイベントを開いた。
なぜ憲法を変えたいのか。
まず神社本庁。明治期から敗戦まで、全国の神社を管轄した国家機関(最後は神祇院(じんぎいん))が敗戦後に解体され、事実上の後継として設立された。
その主張は「大日本帝国憲法は、民主主義的で誇り得る、堂々たる立派な近代的憲法」「帝国憲法の原点に立ち戻り、現憲法と比べ、わが国の国体にふさわしくない条文や文言は改め、現憲法の良いものは残し置き……全文見直しを行うのが本筋の改憲のあり方」(神社本庁の政治団体・神道政治連盟発行誌「意」、14年5月15日号)として、憲法1条を改めて天皇を元首とするほか、戦力不保持を定めた9条2項、国の宗教的活動・教育を禁じた20条3項の削除・改正に主眼を置く。
「明治政府は明治維新とともに、神仏分離令を出して仏教と切り分け、神道を作り変えた。学校教育の道徳・倫理や御真影(天皇、皇后の写真)を拝むことを通じて国教化を進めた。つまり国家神道で、国ぐるみの『教化』です」と尾竹さん。だが今は、国による教化がなく、氏子も減り神社の基盤が揺らいでいる。「神社本庁の一部には、神社存続のために、国家神道の仕組みに戻りたいという心情があるのでは」と見るのだ。
ただ、15年11月23日付の専門紙「神社新報」の論説に「いまだ神社界にはなぜ神職が憲法改正の署名活動までやらねばならないのか、といった疑問を抱く人もいると聞く」とあるように、署名運動から距離を置く傘下神社も多いことは強調しておきたい。
神社本庁の担当者は「他団体との関係もあり、神社本庁としての見解を述べるのは控えたい」と話している。
「現憲法が日本をダメに」は本当か
「国民の会」の人々の言葉からは「今の憲法が日本をダメにした」との認識が色濃くうかがえる。
例えば桜井氏。13年9月の講演をまとめた日本会議の機関誌「日本の息吹」(13年11月号)の記事「日本人をダメにする憲法」では、現憲法は権利と自由だけが強調され「日本人らしくない方向に人々を連れて行こうとする精神が憲法にある」と批判する。
一方で「民主主義も男女平等も、一人一人を大事にするという福祉の思想も先進列強に教えられるまでもなく、わが国は太古の昔からこうした価値観を実践してきた国柄なのです。(中略)明治憲法も今読むと少しばかり古いところはあるが、根本の価値観は実に見事」(「日本の息吹」08年6月号、講演要旨)と明治憲法を高く評価している。
三好氏も昨年3月の「国民の会」総会後の懇親会で「かの大戦で亡くなられた方々は俺たちは『こんな国』を続けさせるために死んだわけじゃないと嘆き悲しみ、怒りを持っておられると思う(中略)改憲は『こんな国』から脱却するための運動の一環だ」と訴えた。
民族派団体「一水会」創設者で作家の鈴木邦男さん(72)は「保守の人たちは昔からの知り合い。批判はしたくないんだが」と苦笑しながらも「僕らも昔は『現憲法は諸悪の根源』と思っていた。僕はかつては明治憲法復元の立場でね。憲法を変えればすべてが良くなる、と。でもそれは違う。現実離れした観念に過ぎません」と距離を置く。「頭から『現憲法や護憲は悪』を前提にすると冷静かつ現実的な議論はできない。本当にそう言い切れるのか。右翼運動を続けてきたからこそ分かったんです」
かつて改憲を叫ぶタカ派憲法学者として名をはせた慶応大名誉教授、小林節さん(66)も「現憲法で社会が悪くなったという客観的なデータはあるのか。明治憲法は天皇主権で、人権や自由は法で認める範囲しか与えられなかった。男女平等条項も女性参政権も戦後までなかったんだ。どう見ても現憲法下のほうが良い社会。そんな憲法観で改憲しちゃいかん」と手厳しい。
もう一つ「国民の会」が挙げるのは「現在の憲法は占領期にGHQ(連合国軍総司令部)に押し付けられた『占領憲法』」(同会作製のリーフレット)だからという点で、安倍首相も繰り返し強調するのだが、小林さんは首を振る。「日本側が明治憲法の焼き直ししか作れなかったから占領軍が起草したんです。形式的には『押し付け』だが、それは旧体制の支配層に対してであって、国民とは別だ。主権者たる国民はこの憲法を受け入れたんですから」
戦後、日本は海外で戦争をせず、豊かになり、東日本大震災や阪神大震災では被災者が助け合い、さらに日本中から老若男女がボランティアとして駆けつける社会を作った。それでも「日本人をダメにした」「こんな国」なのか。保守派が好む「自虐」という言葉が思い浮かぶ。
溝口敦さん「不注意で視聴者の会賛同」
最後に意外な人物に登場してもらおう。暴力団問題に詳しいジャーナリスト、溝口敦さん(73)である。
「国民の会」代表発起人でもある小川氏やすぎやま氏らが呼びかけ人となり、「公平公正な報道を放送局に対して求め、国民の『知る権利』を守る活動を行う任意団体」として昨年設立した「放送法遵守(じゅんしゅ)を求める視聴者の会」の賛同者に名前を連ね、多くの人を驚かせた。呼びかけ人の7人全員が、安倍氏と近かったり、改憲を支持したりしている人たちだったからだ。
すぎやま氏は毎年、100万〜150万円を安倍首相の政治資金団体に寄付。小川氏は12年に安倍首相再登板を求める著書を出版し、同年10月には自身主宰の私塾と、当時自民党総裁だった安倍首相の事務所とで懇親会を開いた仲だ。ちなみに首相側はこの時「会合費」として約22万6000円を支出している。
「視聴者の会」のホームページを見ると「特定の政治的主張は持っていません」と記しながらも、「問題報道」としているのは安倍首相の政策を批判的に報じた番組や、キャスターのコメントがほとんどだ。一部全国紙に「私達は、違法な報道を見逃しません」などとする意見広告も出している。
溝口さんに真意を尋ねると「不注意でした」と意外な答えが返ってきた。「『放送法遵守』というから、どういう人たちが作った団体か確認せずに『賛同する』としてしまったんです」。昨秋、前触れなく届いた封書に記入し、返送しただけだという。
改めて自身の意見を聞くと、こう語るのだ。「問題報道どころか、最近は安倍首相を立てるような報道やニュースばかりですよ。もっと批判しなきゃ。キャスターが特定の立場で批判的発言をしたっていいじゃないですか。放送法1条は放送の自律の保障をうたっている。これが前提です。高市早苗総務相の『停波』発言はそれこそナンセンス。真実と自律を保障する放送法を盾に、政治権力と戦わなきゃ」
溝口さんは同会に寄せたメッセージで「民主主義を守り、戦前への回帰を阻止せねば、と思います」と記していた。改憲論議についても同じことが言えるだろう。
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