もしも「トランプ大統領」が誕生したら
毎日新聞
自らが属する共和党内からもブーイングが続く中、米大統領選の候補指名争いで実業家、ドナルド・トランプ氏(69)の快進撃が続く。「毒舌の帝王」が予備選、さらに本選を勝ち抜き、仮の話、ホワイトハウスのあるじになってしまったら、アメリカ社会は、世界は、日本はどうなるのか。【藤原章生】
日本と中国の違いさえ分かっていない?
まずは、米国出身の筑波大大学院教授、ターガート・マーフィーさん(63)に当たった。専門は経済だが、40年近い滞日経験を基に上下巻の大著「日本 呪縛の構図」(早川書房)を書き上げた、日米関係に明るい人だ。「トランプ大統領下の日米関係」を聞くと、こう即答した。「それに答えられる人はいませんね。トランプ氏自身もわかっていないでしょう。彼は対日政策を担うワシントンの政官関係者と全くつながっていないと思う。他の分野でも日本の専門家と接触した形跡がない。そもそも対日に限らず外交に関心がないし、学ぶ気がなさそうです」
昨年6月の出馬表明後、トランプ氏は何度か「日本」という単語を口にしている。
例えば、演説の中でこんな言葉を挟み込む。「中国と日本、メキシコが工場を、自動車産業を持ち去った。政治家のせいで膨大な雇用が失われた」(昨年11月)、「貿易で中国と日本とメキシコを打ちのめす」(2月)。一種のスローガンのようで、論を深めるわけではない。
「トランプ氏は日本と中国の違いさえ分かっていない。米国人の典型です」と指摘するのは、米国在住の映画評論家、町山智浩さん(53)だ。今回の大統領選、特にトランプ旋風をラジオやネットでリポートしている。「海外から米国への輸入額は中国、カナダ、メキシコが上位3国で、日本は大きく離れた4位に過ぎません。貿易相手を批判するならカナダにも触れるべきなのに、『日米貿易摩擦』という今や存在しない問題を持ち出し、中国と同列にして、無知な支持者の人気取りをしているだけです」
トランプ氏の看板政策の一つ「移民排斥」も「存在しない問題」を騒ぎ立てる一例だと言う。「2008年のリーマン・ショック以降、米国内の非熟練労働の雇用が減り、メキシコからの移民は、本国に帰ったりして減り続けています。移民問題も日本も、トランプ氏にとっては票のための道具なのです」
こんな発言もあった。「TPP(環太平洋パートナーシップ協定)は最悪だ。米国を打ちのめす第一の方法は(貿易相手国の)通貨安だ。(米建機大手)キャタピラーは、日本のコマツとの競争に苦しんでいる」(2月)
「TPPについては、トランプ氏が大統領になったら覆される可能性がないとは言えません」。そう語るのは先のマーフィーさんだ。「彼は、グローバル化で職を失ったりした米国人の不安と憤りをあおる扇動家です。権力を握ったら、支持層の要求を満たすために何をしだすか分からない面がありますから」
「プーチンが好き」なのは「強いから」?
確かに、トランプ氏の「これから」を予測するのは難しそうだ。
「今の過激な発言は、共和党の貧乏白人票を得るためのビジネスマン的な人気取り。本選でヒラリー(クリントン前国務長官)との一騎打ちになれば、『顧客』を左翼やリベラル層に広げるために差別的発言を控え、格差を生んだ政治経済のエスタブリッシュメント(既得権層)への批判を言い募りそうです」。町山さんはそう読む。
「だいたい彼には、政策を決めるための明確な思想はないんです。クリントン元大統領に多額の寄付をするなど決して保守ではないのに、大統領選出馬をにらんだのか10年ごろから突然、共和党過激派の主張を取り入れ始めた。テレビ番組でも、女性差別発言はしても人種差別までは口にしなかったのに、今はしている。それを好む白人保守層を引きつけるためです」
「確かに言動は変わるかもしれないけれど、自分を売り込むことしか考えないあのエゴ、性格だけは絶対に変わらない」と言い切るのは、ニューヨークで不動産業を営む弁護士のルース・レフキンさん(70)だ。同業者としてトランプ氏を「よく知っている」という彼女が続ける。「日本はもちろん、ロシアや中国についても、選挙で得にならないから何も考えていないでしょう。『プーチン(露大統領)が好き』と公言しているけれど、理由は『強いから』。聞いているこちらが恥ずかしくなります」
「トランプ大統領下」の米国社会を、レフキンさんはこう予測する。「彼は何事も敵か味方か、100%かゼロかでしか物を考えない。ささいな事でも、大統領としての主張に異論を挟む者がいれば、すぐにキレて、子分たちに袋だたきにさせるかもしれません。盲従か敵対か、二つに一つの社会がどういうものか。不寛容、憎しみ、差別、暴力があおられるのは明らかです。多くの人が彼にヒトラーを重ねるのはそこです」
米国へのテロの激化を懸念する声もある。サンフランシスコ在住の比較文化学者、オスカル・アルバレスさん(51)は言う。「自己愛が強く独裁者然としたトランプ氏のイメージは、欧米への憎悪を広げ若者を過激派組織に誘い込むには理想的な悪漢像。テロの度に暴言を吐くなら状況はさらに悪化するでしょう」
予備選の対抗馬だったジェブ・ブッシュ氏を非難するためにイラク戦争を全否定する一方、テロ組織を「徹底的に空爆せよ」と語るなど、軍事介入への立場は不鮮明だ。
安倍首相とは気が合うかも?
「有能なビジネスマン」だから経済を伸ばすかも、という期待も「大いなる誤解」とレフキンさん。「親から巨万の富を受け継ぎ、最初から優位に立っている人です。世界中にあるトランプと名のつくビルの多くは彼の所有ではなく、名前を貸しているだけ。得意分野はビジネスというより(消費者のニーズをつかむ)マーケティング。自分の名を売ることだけにたけている。あなたがわざわざ日本から電話してくるのも、既に彼の術中にはまっているということなのですよ」
再び日米関係。トランプ氏はこんな発言をしている。「もし日本が攻撃されたら、我々はすぐに第三次世界大戦を始めなきゃならない。いいかい? で、我々が攻撃されても日本は我々を助けなくていい。公平じゃないだろ?」(昨年12月)
日本の国会で安全保障関連法が成立した昨年、安倍晋三首相が似たような話をしていた。マーフィーさんはそこに着目する。「トランプ氏と安倍首相は気が合うかもしれませんね。民主的プロセスや法の支配へのいらだちを表に出すところ、強権的な態度など共通点がありますから」
かつての「ロン・ヤス(レーガン氏と中曽根康弘氏)」「小泉(純一郎氏)・ブッシュ」時代のように、「トランプ・アベ」の蜜月が始まるのか。悪夢か正夢か。いずれにしても笑える話ではないが。
26年前に来日「米国は強い政治を」
(1990年2月10日朝刊から)
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