2016年4月4日月曜日

160404 小出裕章ジャーナル150516公開

http://www.rafjp.org/koidejournal/no123/


【東京での公開収録より】「まず一番には原子力を始めた一番の理由はエネルギーじゃなかったんです。核兵器を持つ能力を持ちたいというのが根本の理由で始まっていました」〜第123回小出裕章ジャーナル



ラジオ放送日2015年5月15日〜22日
Web公開5月16日
>>参考リンク集
※2015年4月25日(土)、東京・東中野のSpace&Cafeボレポレ坐で開催された、公開録音「ラジオフォーラム リスナーとパーソナリティ 明日の集い」から、小出さんの講演「ラジオフォーラムという希望」を、小出裕章ジャーナルスペシャル版としてお送りします。

小出さん
皆さん、こんばんは。今日はたくさんの方、ありがとうございます。今から「ラジオフォーラムという希望」というタイトルで話をさせて頂きます。先程から谷岡さんが宣伝をして下さっていましたけれども、『ラジオは真実を報道できるか』という本がついこの間、岩波書店から出ました。そこに私も一文書かせて頂きましたので、今日は、その内容に沿ってお時間を頂こうと思います。
かつての戦争。日本だけで200万人、アジア全体あるいは日本を含めたアジアという、そういう所でも2000万人もの人が死んだという戦争がついこの間、何十年か前までやっていたわけです。日本では、現人神の天皇がいて、戦争になんか絶対負けないとずっと言われてきました。マスコミは大本営への発表だけ流しましたし、多くの国民はみんな日本は勝つんだと思って戦争という時代は過ぎていきました。原子力も戦争中の大本営と本当に一緒だと思います。巨大な権力が一体となって、嘘の宣伝をずっと流し続けてきました。
原子力発電は絶対に安全で事故なんか起こさないと言われていたわけですけれども、本当に残念なことに福島第一原子力発電所の事故は起きてしまいました。しかしこれまで原子力が絶対安全だ、良い物だと言ってきた人達、政治の場の人達もそうだし、東京電力にしてもそうだし、誰1人として処罰されていないということが続いています。なぜこんなことになったかと言えば、権力犯罪というのは、より巨大な権力によってしか処罰されないということなのだと思います。かつての戦争の時もやはりそうだった。日本の権力よりも巨大な米国という権力が、どういう形で処罰するかということを勝手に決めていったわけですし、今の原子力発電の事故という、私は権力犯罪のひとつだと思っていますが、誰も処罰されないで、のうのうと生き延びていくという形になっているんだと思います。
一体彼らが原子力にどんな期待をかけてきた、あるいは、国民に期待をかけさせようとしたかというひとつの宣伝を今から見て頂きます。1954年という日本で原子炉建造予算が初めて国会を通過した時、その頃のこれは毎日新聞ですが、他の新聞もほとんどみんな同じようでした。こんなふうに宣伝していたのです。
「さて原子力を潜在電力として考えると、全くとてつもない物である。しかも、石炭等の資源が今後、地球上から次第に少なくなっていくことを思えば、このエネルギーの持つ威力は、人類生存に不可欠な物と言ってよいだろう」と言われていました。もうこの会場の方はご存知かもしれませんが、原子力の資源である燃料であるウランというのは、非常に貧弱です。それが発生できるエネルギーに換算して、石油の数分の1しか地上にはないし、石炭に比べれば数十分の1しかないというまことに馬鹿げた資源だったし、そんな物に未来のエネルギー源の夢を託すという、そのこと自身が間違えていたのです。さらにこの新聞記事はこう続くのです。
「電気料は2000分の1になる』。なるわけないわけですし、さらにこうです。「原子力発電には火力発電のように大工場を必要としない。大煙突も貯炭所もいらない。また毎日、石炭を運び込みたきがらを捨てるための鉄道もトラックもいらない。密閉式のガスタービンが利用できれば、ボイラーの水すらいらないのである。もちろん山間へき地を選ぶこともない。ビルディングの地下室が発電所ということになる」という、こんな期待だったんです。
これ、みんなもう分かって頂けると思いますけれども、幻の夢をかけていたということで、もう本当にいい加減に気がついてくれよと、私は思います。しかしそれをやってきた、原子力を進めてきた人達、私は最近、原子力マフィアと呼ぶようにしてるんですけれども、その人達はどういう人達だったのかと言うと、まず一番には原子力を始めた一番の理由はエネルギーじゃなかったんです。核兵器を持つ能力を持ちたいというのが根本の理由で始まっていました。
そのため国は電気事業法で、電力会社が原子力発電をやれば、どんどんどん儲かるという仕組みをまず作って、電力会社を原子力に引きずり込みました。そして、原子力損害賠償法という途方もない法律をつくって、どんな事故が起きても電力会社は責任を取らなくてもいいというような法律の仕組みまで作ったのです。そして、国策民営という名前の下、原子力の暴走が始まってしまいました。その暴走の中には、巨大な原子力産業、ゼネコン、下請け、孫請けの中小・零細企業、それに学者、マスコミ、労働組合までが、それぞれの権益を求めて集まってしまうという形になりました。かつての戦争の時とよく似て、挙国一致で反対する者はブルドーザーでひき殺すように潰していって、原子力発電所を日本中あっちこちに造るということをやってしまったのです。
小出裕章ジャーナル
今日はこの話はきちっとできませんが、これが事故を起こした福島第一原子力発電所です。1号機、2号機、3号機、この3つは2011年3月11日に運転中でした。そして、地震と津波に襲われて、炉心と呼ばれてる部分が溶けてしまって、その過程で水素という爆発性のガスが発生するという物理科学的な理由があって、水素が爆発して建屋が吹き飛んでしまうということになりました。
事故を起こしたのは火力発電所なら、すぐにでも現場に行って調べることができるのですけれども、こと原子力発電所の場合には、4年経っても現場に行かれないという、そういう過酷な事故が今での続いているわけです。人が行けば即死です。そのためロボットを行かせようとしていますが、ロボットも放射線に弱いのです。そのため送り込んだロボットはみんな討ち死して帰ってこれないという状態になってしまっていて、現場がどうなってるか全く分かりません。
そのためどうしてるかと言うと、これ以上炉心を溶かしたらいけないということで、ただただ水を送るということをやってきたわけです。しかしそれをやってしまえば、送った水が放射能で汚れた放射能汚染水になるということが当たり前のことなのであって、どんどんどんどん汚染水が増えてきてしまうということに、今なっているわけです。
それが環境に漏れていってるわけですけれども、それを防ごうとして、たくさんの労働者が今現在も何千人というような労働者が現場で働いています。ただしその労働者は、東京電力の社員ではありません。東京電力の下請け、そのまた下請け、その下請け、孫請けというように、8次9次10次というような下請け関係で働いてる労働者達、本当に底辺の労働者達で、下請けに行くたびに企業がピンはねをしていく。実際に、労働者の手に賃金が渡る時には、最低賃金にも満たないというような賃金の下で、底辺の労働者達が働いてるということになっています。今現在、7000人と言われていますが、これから本当に日本という国で、そういう労働者をいつまで確保できるのだろうかと、私はずっと不安に思っていますし、すでにたくさんの外国人労働者が駆り集められてきて、福島の発電所の敷地の中では、言葉すらが通じないという、そういう状況で働いている労働者達が今いるわけです。
何とか放射能の放出を少しでも減らさなければいけませんけれども、でもすでに大量の放射性物質が放出されてしまっています。そのため、たくさんの人達が今現在も被ばくをするしかないという状態になってしまっているわけです。福島第一原子力発電所の事故が起きた今、原子力に対してどう向き合うかということを私達きっちりと考えなければいけないし、騙されたんだという言い訳だけは、やはり私は通じないだろうと思います。きっと、私達は未来の子供達から、福島の事故が起きた後、どうやって生きたんだというふうに問われるんだろうと思いますので、それに答えるように生きたいと私は思っています。
今、憲法が変えられようしている瀬戸際にあるわけですけれども、日本国憲法というのは、先の戦争の反省を踏まえて書かれました。もちろん憲法9条もそうで、戦争はもうしないと、軍隊を持たないということをはっきりと書いたわけですし、大変素敵な憲法だと思っています。私が一番素敵なのは、この憲法前文だと思っています。今からここに、憲法の前文を皆さんにお見せしますけれども、これを全部読む時間はありません。ただ、憲法前文の一部にはこう書いてあるんです。
「政府の行為によって、再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言する」と書いてあるんです。政府なんかに任せておいたら、また戦争してしまう。だから、自分達がそれを防ぐんだ。そのためにこの憲法を確定するということを書いてる。自分達がやるんだと、一人ひとりが大切なんだということを憲法の前文が言っているわけです。大きな流れというのは確かにありますけれども、でも一人ひとりがきちっと決意をして、これからの日本をつくるという、その宣言になっているわけです。でも残念ながら、今の日本というのはそのようには動いていないように、私には見えます。どうでもいいようなことと、この世界には本当に大切でみんなが気を付けなければいけないと思うことが、私はあると思います。
2011年3月11日に事故が起きて、原子力緊急事態宣言というのが出されました。それを根拠にして日本政府というのは、本来なら放射性管理区域にしなければいけないような場所に、子供も含めて捨ててしまっている。今現在、被ばくが続いているんです。でも、先程聞いて頂いたように、原子力マフィアはそれを忘れさせようと画策しているわけですし、その時に彼らがやろうとしていることは、別のことに目を向けさせて、それを忘れさせようとしているわけです。今は、もう日本国中がオリンピックだというような所にどんどん引きずり込まれようとしていて、オリンピックに反対すると、今度はまた非国民であるかのように言われてしまうという、そんな時代に向かっているんだと思います。でも今なすべきことは、本当であれば、福島第一原子力発電所の被害者達をきちっと救済しなければいけないし、原子力発電所の事故を収束させなければいけないということだと思うし、オリンピックなんかに浮かれてる時ではないと私は思います。
小出裕章ジャーナル
谷岡理香:
それでは、皆さんからの質問を。小出さんへの質問からです。「実際のところ、福島第一原発を廃炉にする作業は可能なのでしょうか? ?労働者の被ばくを抑制するには、どんな方策があるのでしょうか? そして、日本に安全な最終処分場は、地理的にあり得るのでしょうか?」というたくさんの質問です。
小出さん
全てのご質問に対して、ノーです。
谷岡理香:
以上ですね? はい。
小出さん
はい。
谷岡理香:
極めてシンプルで、はい。次に「福井地裁の判決と鹿児島地裁の判決の違いをもたらしたものは、何でしょうか?」と、小出さんへの質問なのですがよろしいですか?
小出さん
はい。皆さん、裁判官という人達は、どういう人達だと思いますか? 非常に正義の味方で、良い人達だと思うでしょうか? 私は、全然そう思わないのです。学者という人間もそうです。学者にしても裁判官にしても、非常に上昇志向の強い人達で、「出世しろよ、出世しろよ」と言って、人生を走らされて、名誉も欲しいというような人達が、学者や裁判官になっているのです。
そういう人達にとっては、国には絶対楯突かないと。それが一番の不文律になっているわけであって、少なくとも原子力に関する限りは、国が原子力を進めるということをやって、巨大な権力機構がもうすでにできてやっているわけですから、それに楯突くようなことをすれば出世できないわけで、裁判官とか学者とかいう人は、決してそんな立場にならないのです。
だから私は原子力に関する限り、裁判には一切期待をかけないということをずっとやってきました。私も若い頃は、裁判できちっとやってくれるんだろうと期待をかけたことがあって、私自身が裁判に関わって、証人になって出廷したこともありますけれども、この国では絶対ダメだということになって、以降裁判には一切の期待をかけなかったのですけれども、去年の5月の21日に、福井地方裁判所という所の裁判官が、大飯原子力発電所の3号機と4号機の原子力発電所を再稼働させてはならないという判決を出したのです。私は本当にびっくりしました。素晴らしい判決なのです。
そして「あ、こんな裁判官がまだ日本の国にいてくれたんだな。ほんとにありがたい」と思いました。そしてそれを支えてるのは、福島第一原子力発電所の事故が起きたという、何よりその事実がその裁判官を支えていると。これから少しでも多くの裁判官が事実をきちっと踏まえて判決を出してくれるようになってほしいと願いましたけれども、ついこの間、九州電力の川内原子力発電所の判決に関しては、決定と言うんですけれども、仮処分の決定の場合には、全く逆戻りしてしまって、国がやってることは全て正しいと。原子力発電所を動かしていいというような判決になってしまったのです。言ってみれば、私は裁判官という一人ひとりの個性というか能力というか、それの違いがこの判決を分けたんだろうと思います。もっともっときっちりとした人間、一人ひとり自立した人間、裁判官もそうですけど、そういう人間が育たない限りは、やはりまだまだダメな時代が続くんだろうなと思います。
谷岡:
はい。ありがとうございます。「時々、3か月や半年に1回ぐらいでいいので、番組全部でオール小出裕章ジャーナルをやってほしいです」って。
石井彰:
小出さんさえよろしければ、スケジュールが合えば、いつでもやらせて頂きます。
谷岡:
如何でしょうか?小出さん?
小出さん
今のけぞって、椅子から落ちそうになりましたけれども。まあ、私は3月に京都大学を定年退職をしました。要するに、京都大学と雇用関係が切れるということになったわけで、私としては定年とかいうのは、単なる社会的な制度に過ぎないと、十分認識しています。ただしそれと、また別の方で生き物というのは、どんな生き物も老いていく。そして、いつか死ぬということは仕方のないことなのであって、私も生き物として老いていくんだと。老いてきたし、老いていくんだということは避けられないわけです。そういうことを自覚しろよという、ひとつの一里塚だろうと私は思っています。
これまでも私は愚かにも原子力に夢を持ってしまった人間として、その場所で、私にしかできないことだけに自分の力を集中して原子力に抵抗しようと思って生きてきましたし、これからもそうしようと思いますが、だんだん年老いていくということを自覚しながら、私にしかできないという仕事をこれまで以上に厳選して、少しずつ減らしながら、やはり退いていくしかないんだろうなと私は思っていますので、もちろんラジオフォーラムという皆さんに、今日聞いて頂いたように希望を持っていますし、なんとかずっと続いて欲しいと願ってはいますけれども、基本的には私自身は少しずつでも退かせて頂きたいと思っています。もし長い時間、私に与えて下さるというような機会があるのであれば何回かお受けできるかもしれませんが、でも基本的には私も生き物として少しずつ退いていくんだということだけは認めて頂きたいと思っています。
谷岡:
はい。次の質問は繋がっています。「喉もと過ぎれば、原発事故も忘れさせようという国です。小出先生は、私達一般人ができることはどのようなことだとお考えですか? 私達も専門ではないけれども、後継者にどっかでなることができるでしょうか?」
小出さん
私は専門的な立場から、原子力に抵抗するという特殊な役割を負った人間だと思っていますし、その特殊な立場にいる人間として、できることをやってきたつもりです。ただし、私が原子力に抵抗しているということは、原子力発電という技術が危険を抱えているとか、そんなこととは違うのです。
原子力というのが徹頭徹尾差別的で、他の人達に犠牲をしわ寄せするという、そのこと自身に私は抵抗してきたつもりなのです。そのことを私は、一言で言うと差別ということに抵抗するというふうに表現しているのですけれども、私の場合はたまたま原子力だということであって、皆さんの周りにも、きっと差別というようなものが多数存在していると思います。そういうことに、皆さん自身が本当に自分の身の周りの切実な問題に、皆さんが関わって下さるのであれば、その関わりは私が今、原子力に対して関わっている関わりと通底していると思います。
全ての差別に抵抗して、差別を少しでもなくしていけるということができるのなら原子力もなくなっていくでしょうし、差別がなくせるのであれば、原子力なんて簡単になくなるんだと私は思っていますので、皆さんが、私と同じように原子力に対して戦うということはなかなか難しいと思いますけれども、皆さんの身の回りの本当に切実な問題に、皆さんおひとりおひとりが関わって下さるということが、私にとっては一番ありがたいことだし、それをやれば、きっともう少しましな社会になるだろうと思います。
谷岡:
はい。ありがとうございます。さてもう残り時間が、というかないですね、残り時間。ないのですが、せっかくなので最後に一言ずつ、もう一度皆さんへのコメントを頂けましょうということでしたので。だとしたら、石井さんからいってよろしいですか? はい。
石井:
はい。いつも言うんですが、私達は無力ではありません。微力ではありますが、決して無力ではありません。皆さんの力をお借りしながら、ラジオフォーラムを続けていきたい。
谷岡:
湯浅さん、お願い致します。
湯浅誠:
はい。ありがとうございました。あの、活動してると、まさかこんなことをやるはめになると思わなかったっていうことばっかりなんですけど、今回の件もそういう展開になって、なんだか分かんないけど、パーソナリティをやってるぞっていう状態が、もうまる2年も経ってしまいまして、なんとか3年はと思ってやってきましたので、これからももう少しいろんな方、私は特に若い人ね、学生さんとかにも電話出演とかして頂いてるんですが、そういう方に出て頂いたり、そういう方に届くような話ができればなと思っていますので、今後ともよろしくお願いします。ありがとうございました。
小出さん
一部の時に、湯浅さんが若者達に希望があると言って、未来にかなり希望があるというふうに、湯浅さんは思われてると発言をされたんですけれども、私はどうも悲観主義者なのかもしれませんが、かなり悪い方向に今、転げ落ちていってるんではないかと、私は思います。大きな流れが作られてしまうと、どんな抵抗も無駄になってしまうということもあると思います。そんな中で、今日の私の話のタイトルにあったように、ラジオフォーラムというこの番組が、希望のひとつだと私は思いますので、なんとかこれからも支えて頂きたいと思います。今日は本当にご参加ありがとうございました。


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