2016年9月20日火曜日

160920「辺野古判決」社説、総崩れ!

「辺野古判決」社説、総崩れ!

http://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/a9d913ade40844664e147b3b09ddc50b

 16日の「辺野古判決」(福岡高裁那覇支部、多見谷寿郎裁判長)に対する11紙の社説を読みまた(沖縄タイムス、琉球新報、朝日、毎日、読売、日経、中国、北海道、信濃毎日、神戸、京都。いずれも17日付。産経、東京新聞はこの問題での社説なし)。
 そこには、「辺野古問題」にとどまらず、米軍基地、「沖縄」に対する「本土」・日本人の考え方・姿勢が象徴的に表れています。

 各紙の社説は(沖縄県紙も含め)、まさに総崩れ状態です。肝心な問題がまったく触れられていないからです。それは2つあります。

 第1に、日米安保条約(日米軍事同盟)です。

 前回のブログで述べたように、今回の不当判決の核心は、憲法より日米安保条約を上に置いたことです。民意(国民主権)・基本的人権の蹂躙、地方自治圧殺もすべてそこに根源があります。今回の判決に限らず、「基地・沖縄問題」すべての元凶がそこにあります。
 日米安保をどう考えるのか。それを抜きに「判決」の論評はできないはずです。

 ところが、11紙の中で日米安保(条約・体制)に触れた社説はたった1紙しかありませんでした。その他は(タイムス、新報も含め)、「日米安保」という言葉さえ出て来ません。これは驚くべきことです。

 1紙とは京都新聞で、こう述べています。「日米安保を享受しながら、沖縄に基地を押しつけている現状に目を向けなければならない」(後述するようにこれも問題のある記述です)。

 日本のメディアが、すべて日米安保=軍事同盟を肯定し擁護していることは周知の事実です。しかし、それを固定化させることは許されません。具体的な事実(局面)で、日米安保を問い直すことはメディアの責任ではないでしょうか。今回の「辺野古判決」はまさにその必要がある局面です。

 にもかかわらず「日米安保」に一言も触れない。こうしたメディア状況が「日米安保条約支持=80%」という「世論」を作り出していると言っても過言ではありません。その責任は、沖縄県紙も含め、きわめて大きいと言わねばなりません。

 日米安保に触れないことは、2つ目の問題と密接に関係しています。

 それは、各紙は、全面賛美の「読売」を除いて、すべて「判決」を批判するものの、ではどうすべきか、解決の道は何なのかについては、(県紙を除いて)どの新聞も口をつぐんでいることです。

 「本土紙」の論調は、「それでも対話しかない」(「朝日」)、「解決には対話しかない」(「毎日」)、「協議で解決策見いだせ」(「中国」)など、判を押したように「対話・協議」を主張し、それが「解決」への道であるかのように言います。

 しかし、これほど無責任で偽善的な主張はありません。「対話・協議」といえば誰からも否定・批判はされない。「県民の気持ちを踏みにじる」(「毎日」)と「判決」を批判すれば沖縄に寄り添っているかのように聞こえる。しかしそれだけではなんの解決にもなりません。
 「対話・協議」してどうしようというのか。結局、普天間基地はどうするのか。それを示さなければ社説ではありません。
 
 「『辺野古に基地を建設する以外にない』と(判決がー引用者)言い切ったことに、大きな疑問を感じる」(「朝日」)と言う。では基地は辺野古以外、つまり「本土」に移せと言うのかと思えばそれも言わない。「本土へ移せ」と言えば「本土」の読者の反発を招くからです。あるいはそもそもそうすべきだとは考えていない。
 唯一「日米安保」に触れた京都新聞も、「沖縄に基地を押し付けている現状」を指摘しながら、ではどうするのかは言わない。

 こうしたメディアの無責任・偽善の根源は、日米安保=軍事同盟体制を肯定していることにあります。

 日米安保を肯定するから「普天間基地は無条件で撤去せよ」とは言えない。しかし沖縄に米軍基地が集中している「不正義」は公然と是認できない。かといって「基地は本土へ」とは言えない(言わない)。その逃げ道が「対話・協議」です。
 「政府が直視すべきは、県民の理解がなければ辺野古移設は困難だし、基地の安定的な運用は望み得ないという現実だ」(「朝日」)とは、「対話」は「辺野古移設・米軍基地の安定的な運用」のためという本音を示すものです。

 日米安保を肯定するなら、したがって「基地の無条件撤去」を主張しないなら、そして沖縄への基地集中を是認しないなら、「基地は本土へ」と言うべきでしょう。そこをあいまいにしたまま「対話・協議」でお茶を濁して逃げるのは、日米安保の犠牲を沖縄に押し付けて「自分とは関係ない」と思っている(思おうとしている)「本土」(日本人)の差別性、植民性を象徴的に示すものです。

 しかし、「基地を本土へ」移しても根本的解決にならないことは明白です。本質的な解決のためには、日米安保条約を廃棄して日米安保=軍事同盟体制を打破し、日本から米軍基地を一掃する以外にありません。
 その世論を大きく広げていくことが私たちの歴史的責任ではないでしょうか。

0 件のコメント:

コメントを投稿